『誰も知らないウォン財閥の社史』 

 

「あれは先月のことや。俺とジュリアス様は、出張帰りの中のシャトルで、偶然ヴィンテージな映画を見た。辺境のどっか小さい星の古い映画で、美しくもの悲しい映画でなあ。そこに一面の向日葵畑が出てくるんやけど、ジュリアス様が、こう仰ったんや。”向日葵は花の中でも気に入っている。聖地にも咲いてはいたが、あのよう に群生している場所が、この世に存在していたとは奇跡のようだな、見てみたいものだ……”と 。やけにシンミリしたお声やった。もしかしたら、そろそろ会社勤めに疲れてはんのかも知れんなあ……と思てなあ。なにせ聖地ちゅーとこは、世知辛いことが、ひとつもあらへんとこやったからな あ……。管理された穏やかな気候、どこもかしこもゴミとは無縁の清潔さ、誰も順番抜かしとかせぇへんし、後から人が来てんのにドア締めるアホもおらへんし…… 」
 チャーリーは、遠い目をする。

「自然の広大な向日葵畑ですか……それはまた珍しいですね。あのような大輪の花を咲かせるには健康な広い土地が必要ですからなかなかありませんね」
「そうなんや。けど、珍しいだけで手に入れたいわけやない。俺も元々好きな花やったけど、向日葵とジュリアス様、どことなしか似てると思わへんか?  なんかこうスッと太陽の方向いて、まっすぐに咲いてるとこみてると」

「そうですね。彼の華やかさのある容姿や高貴さは、薔薇にも例えることが出来ますが、本質は、むしろ向日葵のような野性味のある凛とした感じの……」
 ザッハトルテが言い終わらないうちに、チャーリーは、彼の手を取って、ぶんぶんと振った。
「そやろ、そやろ〜。そう思うやろーーー。そやから、ジュリアス様の誕生日に、あの映画でみた向日葵畑を見せたいんや、見せるだけやったらナンやし、いっそ、丸ごと買いたい。自然保護の意味合いでも 、有意義な買い物やで」
 声のトーンが上がっていくチャーリーを、クルーダウンさせるような深く沈んだ表情で、ザッハトルテは首を左右に振る。
「そんな辺境の古い映画に出てくる土地などもう……」
「そーれーがーー、まだ存在する! えーっと、星図……星図」
 チャーリーは、手元のコントローラーを操作した。照明が薄暗くなり、部屋の空間に、辺境の星図ホログラフが現れる。
「z-PP0811……TERRA?」
「この星や……この星の拡大図オープン……エリア別マップ表示」
 チャーリーの声に反応し、星図は素早く展開する。

「ああ、ここや。アンダルシア。調べた結果、 ええっと、なんとかトラストって言うてな、今まで寄付を集めて管理してたのが、最近、雲行きが怪しいらしい。ものすごー不況らしい、この星。で、このままでは維持が難しいと。 切り売りして、マンションを建てる案が出てるらしい。それやったら俺が買って、この美しい風景を保護しようと思う」
「……社長……、また私用に情報部を使いましたね?」
 ザッハトルテは、星図を一旦、デリートすると、白い目でチャーリーを見た。 そして、ウルウルした目で返事を待っているチャーリーに、溜息をついた。
「で、私に、この土地を買う段取りをつけろと?」
 コクコクと頷くチャーリーであった。
「俺が動くと感の良えジュリアス様のことやから気づかれてしまう。それに不動産売買は、お前の得意やろ?  なんと、あっちの気候とこっちの気候はほぼ同期でなあ。誕生日に連れて行ってお見せしたいんや。未来永劫、この向日葵と俺を貴方に捧げますと。う〜んロマンチックや……あっ、向日葵の花言葉って何やろ? お前、知ってる?」
 ジュリアスに対する想いを開き直って隠そうとしないチャーリーに、ザッハトルテは呆れている。

“どこかの星に太陽に憧れ続け、見つめ続けた為に、丸焼きになった少年だったか少女だったかを、可哀相に思って向日葵にしてやった……とか言う神話のようなものがあったように思うが……”
 ザッハトルテは、その話にチャーリーを重ね合わせて、哀れに思いながらも、黒こげになっている彼を想像し、「ぷっ」と心の中で笑うのだった。

「そんな花言葉、存じません。……まったく……」
 溜息混じりに去って行こうとするザッハトルテに、チャーリーはダメ押しした。
「なあ、頼むわ〜、あ、土地の名義はジュリアス様で。もちろん、礼はするから」
「判りました。その代わり、仲介手数料は、キッチリ戴きますよ」
 ザッハトルテは、素早く頭の中で、電卓を叩くのであった。


■NEXT■


聖地の森の11月  陽だまり  ジュリ★チャリTOP