〜サバイバル キット〜


 たまに外の世界に出た守護聖が、その土地で不思議な現象に捕らわれたり、あるいは羽目を外しすぎたりして、ちょっとした事件を起こしてしまうのは、よくある事である。
 
 そうした事柄も、最終的には、守護聖の守護聖たる力、つまりはサクリアによって解決を見る場合が多い。
 
 そして、それは、若い守護聖たちの場合であれば、成長を促す良き経験として、年長の守護聖の場合は、自己を見つめ直し、より一層の人格形成の糧として、それなりに意義のある事なのである。

………この事例も例外ではない。

 この事件によって、夢の守護聖オリヴィエは、自慢の肌にシミと、三キロの体重増加という、彼にとっては過酷きわまりない被害を被ったのであるが、精神の教官として聖地に赴任していたヴィクトールとの、親密度が妙に上がったという事実は、素晴らしいことであるとと思われる…………。

 さて、事件の発端……その報告は、アンジェリークとレイチェルの女王試験の最中にもたらされた。

 エルンストは、各守護聖の前で、訥々と報告書を読んだ。

「…………ですから、次元回廊は、高密度、高エネルギーの時空間が、一次元のロープ状になったものであり、これを形成する物質は、ニュートリノ、アキシオンといったところなのですが、いわゆるブラックホールと次元回廊は内部物質の形成状態及び、質量から見れば、紙一重な訳であり……」

「前置きは後で聞こう。結論を先に」
と、ジュリアスはエルンストを遮った。

「はい、では……次元回廊への扉の取っ手にひび割れが発見されましたので、守護聖様のどなたかに惑星トラジャに出向いて戴きたいのです」
 エルンストは、ハッキリと結論を述べたつもりだったのだが、それはよけいに守護聖たちの混乱を招いた。

「何言ってんだか、わかんねーって。取っ手の修理ならオレがやってやろーか?」
 ゼフェルがイライラしながら立ち上がり、そう言った。

「ゼフェル、待て。エルンスト……取っ手のひび割れが一体どうしたと言うのだ?」
 ジュリアスが、ゼフェルを窘めて、再びエルンストに尋ねた。

「あ〜、カラーシレンコォーンが必要なわけですね」
 と、ルヴァだけが、エルンストの言わんとしている事が判っている様子で、ボソッと呟くと、エルンストは少しホッとした様子で話しだした。

「次元回廊への扉の取っ手は、カラーシレンコォーンという特別な物質で作られています。この物質の分子構造は、中にいくつもの穴が開いており、そこの穴に、カラーシという極めて高密度の反物質が入っているという、二重構造になっています。詳しい事はまだ解明されてはいませんが、このカラーシレンコォーンという物質が、磁場や時空間の還元に何やら作用し、一歩間違えば、ブラックホールにも成り得る次元回廊を、押し留まらせているようなのです」

「では、あの次元回廊の扉の取っ手がなければ……」
 リュミエールが、想像するのも恐ろしいといったふうに声を震わせた。

「封印が解かれる……とでも申しましょうか……扉の向こうの回廊は、小ブラックホール化し、今までのように行く先の指定もままならず、回廊を使おうとすれば、行きて還らぬ……ということになるでしょう」

「ただの取っ手じゃなかったんだな……」
 ランディの呟きに、皆は妙に神妙になった。

「昨日、掃除係りのものが、この取っ手にひび割れを発見いたしました。先週掃除をした時は異常は、なかったようですから、ここ一週間の間にひび割れが生じたものと思われます。今のところ、次元回廊に異常はありませんが、もしもの事を考えて、この取っ手のスペアを用意しておいた方が賢明かと思いまして」

「そなたの言いたい事は判った。だが何故、その惑星トラジャに我々が、赴かねばならぬ?」
 ジュリアスがそういうと、穏やかにルヴァが横から質問した。

「ジュリアス〜、貴方、あの取っ手は、何色に見えますか〜?」
「確か、七色だったはずだ。光沢があり、光の当たる具合によって、微妙に色が変わる」
「そうですねー、マルセルはどう思いますか?」
 ルヴァは今度は、マルセルに尋ねた。

「僕もジュリアス様と一緒です。虹色です。綺麗だなと思ってたんだけど、あれがカラシレンコンだったんだね」
「いえ、少々発音が違います。カラーシレンコォーンです。ともあれ、守護聖の皆様には、あの取っ手は、七色に輝いて見えるわけですね。ですが、私たち一般人は、ただの大理石風にしか見えません」
 エルンストは、マルセルの発音を素早く訂正すると、そう言った。

「そうなんですよ……古い文献にもこの事は記載されていて、サクリアを持つ身には、何故か虹色に見えるんです。見える……というより、カラーシレンコォーンの物質そのものの性質を感じ取ることが守護聖には出来るんじゃないかと思うんですけどねー」

「このカラーシレンコォーンは、惑星トラジャでしか発見されていません。採取したくとも我々一般人には、ただの石なのかカラーシレンコーォーンなのか一見してはわからないのです」
 エルンストは、ようやく話が通ってきたので、再度、ジュリアスに向き直った。

「わかった、そのカラーシレンコォーンを見極めるために、守護聖を派遣させよう。だが、惑星トラジャとはどのような星だ?」

「起源は主星とほぼ同じ。古い星です。順調に文明も発達しておりましたが五百年前に、大規模な地核異変と核戦争が発生し、生態系が崩れて後は、一応は文明は死滅。今は、星全体の大陸は、森林化し、かろうじて生き残った人の子孫が、点在する湖の周辺に集落を作り生活している様子です。危険な星ではありま……」
 エルンストが言い終わらないうちに、さっきまで黙りこくっていたオリヴィエがパッと手を挙げた。

「はいはーい、ワタシ! ワタシが採取に行くよ〜」
「ほう、珍しい事もあるもんだな。そんな密林状態の星に行きたいとは。何を企んでるんだ?」
 と茶々を入れたのはオスカーである。

「おだまり! 今は女王試験の最中なんだよ。年長の守護聖は、聖地を離れてる場合じゃないだろ。かといって、お子さまたちでは、危なっかしいし。となるとリュミエールかアンタかワタシだけど、今週の報告書見た? 女王候補サンたちに今、一番必要とされてるのは、水と炎のサクリアだったと思うけどねぇ〜」
 オリヴィエは勝ち誇ったようにオスカーの鼻先でそう言うと、ジュリアスの言葉を待った。

「オリヴィエの言う通りだな。では、オリヴィエにこの件は任そう」
「では、オリヴィエ様、惑星トラジャの位置など、詳しい事をご説明いたします。研究院の方で、各資料と、ヴィクトールが待っておりますので、ご足労お願い致します」

 エルンストは、持参していたファイルを閉じると、オリヴィエを促した。

「ちょっち待ってよ、ヴィクトールって? どうして彼と関係あるのさ?」
「ヴィクトールは、聖地に上がる少し前に、惑星トラジャに行ったことがあるそうですから、星の様子を直接ご説明できるかと」

「それは好都合ではないか。ちょうどいい。ヴィクトールにオリヴィエの付き添いを頼むがいい。安全といえど、他星への守護聖単独での行動はいかがなものかと思っていたところだ」

 やはり何やら考えるところのあったオリヴィエの眉が、ヒクヒクッと動いたが、ジュリアスは、気にせず満足そうに頷いた。
 

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