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「やっぱりクラヴィス様いらっしゃらないみたい……」
 アンジェリークはしょんぼりと返事の返って来ないクラヴィスの執務室の扉を見た。
 「今日は絶対、クラヴィス様に育成をお願いしなくちゃならなかったのにな……9時20分か……も少し待ってみようかしら、遅刻されているのかも知れないわね、本でも読んで待ってよう……」
 アンジェリークは扉に凭れたまま、読みかけの例の本を開いた。

 『彼の黒髪がふわりと彼女の頬を掠めた。見つめ合う瞳と瞳。
 「もうお逢いできないわ………」
 悲しみのこもった彼女の言葉よりも彼の瞳には深い苦悩がこもっていた。
 「嫌だ。私はもうお前を離しはしない、愛している……さぁ、聞かせてくれ……お前の気持ちを……お前も私を愛しているだろう? 愛していると言ってくれ! はっきりとお前の口から、愛していると」……』
  多々の困難を乗り越えて二人がお互いの気持ちを確認しあうクライマックスにアンジェリークはのめり込んでゆく……。

「……のか?」
「はいっ、もちろん、
愛しています!
 アンジェリークはそう声を上げてから、ハッとして顔を挙げた。

「私は育成なのか……と尋ねたのだが……」
 クラヴィスは、異常にほどに顔を赤らめているアンジェリークを見下げて呟いた。

「す、すみませんでした、つい……あの……本に夢中になってしまって……」
「その書物の中では愛の告白が行われていたのか?」
「は……はい」
 アンジェリークは、いたたまれない気持ちになりながら答える。

「で、上手く行ったのか? その二人は?」
「い、いえ、そこまではまだ読んでなくて……。今から二人は離れ離れになっちゃうとこなんです、それでもう二度と逢えないかも知れないから告白を……」
「今日はどこにも行かぬ。その本を読み終えたら、改めて来るがいい」
 クラヴィスは少し意地悪そうにそう言うとアンジェリークを残したまま扉を閉めた。

 ……と、この様子を見聞きしていたものがいた。ゼフェルである。だが一部始終というわけではない。クラヴィスのボソボソとした話は聞き取れず、クッキリハッキリと聞こえたのは、アンジェリークの『はいっ、もちろん、愛しています!』の部分である。顔を赤らめる仕草といい、ゼフェルが、間違ったとしても仕方のない様子だった。

「知らなかったぜ……そういう事とはな……。クラヴィスのヤローもやるぢゃねーか。、へっへっへ……いい事考えたぜ……」
 ゼフェルは上機嫌で一旦自分の執務室に行った後、何やら機械を抱えて、クラヴィスの執務室に入って行った。

「お前か?」
 クラヴィスは書類を読んでいた手を止めて言った。
「よ〜ちょっと頼み事があんだけどよ」
「なんだ?」
「ちょっとこの機械、預かってくれないか?」
「何故?」
「ん〜と、あ、そそ。持ち物検査があるんだよ、執務室に執務以外のものを持ち込むなってさ。んで、こういうの見つかるとヤベーからさ」
「…………」
「ちよっと置かしてくれるだけでいいんだ、あとですぐに回収するから」
「好きにせよ……」
「サンキュー、じゃ、この辺りに……と」
 ゼフェルはクラヴィスの机の角に機械を設置すると喜々として出ていった。

「さて……何か録音装置のようだが……わからぬ……」
 クラヴィスはつま先で、その機械を軽くつつくと、何事もなかったようにまた書類に目を走らせた。


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