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「さてと、準備はオッケー。早く来やがれ」
 執務室棟の廊下の片隅、クラヴィスの執務室の扉が見える位置に座り込みゼフェルは、アンジェリークが、来るのをひたすら待っていた。
 ゼフェルは、クラヴィスの部屋に録音装置を仕込み、アンジェリークの音声データを捕獲しようとしていたのだ。

「聖地にはあいつ位の歳の女って少ないんだよなー」
 ゼフェルは今までにゲットしたデータのサンプルを思い浮かべながら呟いた。若い女の声ってば絶対必要だしよ……上手くエロゲー作る時に使えそうな会話になるといいんだけど……おっ、来た来た……スイッチオン……」
 ゼフェルはヘッドホンをつけ、クラヴィスの部屋からアンジェリークの声が機械を通じて聞こえてくるのを待った。

 『本はもう読み終わったのか……?』
 『はい……』
 『さきほどとは違って元気がないようだが?』
 『そんなことないです……』
 『本の中で恋は成就したのか?』
 『それが……ダメだったんですぅぅ〜。この手の本は、結局、皆、ハッピーエンドになるはずなのに、それなのに。これは悲恋になるお話しの新シリーズだったんです……』
 『そうか……仕方あるまい……』

「本の話なんかすんなよ〜、もちっと使えるセリフをくれ〜」
 ゼフェルは二人の会話を盗み聞きしながら呟いた。

 『とても可愛そうなラスト、落ち込んじゃいました。出てくる男の人がクラヴィス様に似ていて……私……』
 『フ……私に似ていては成就するものもしないな……』
 『そんなことないです! クラヴィス様は素敵だもの、どんな人とも上手く……あ、ゴメンナサイ……』
 『…………』

「なんだよ……しんみりしてやがる……慰めろよ、クラヴィス〜」

 『今度は良い終わり方をするものを読めばいい。それよりも育成に来たのであろう?』
 『はい、お願いします』
 『承知した』
 『ありがとうございました』

「なんでぇ、もう終わりかぁ?」

 『アンジェリーク』
 『はい?』
 『そのような顔をしていてはお前らしくないぞ』
 『でも……』
 『お前の元気な顔を見るために、私はわざわざ聖地から来ているのに』
 『クラヴィスさま……』
 『アンジェリーク、やっと笑ったな……』

「おしっ、もう一押しっ。行け、クラヴィス〜ッ」
 ゼフェルは思わず握り拳を作った。そのとたんヘッドホンのプラグを引き抜くブチッとした音がした。

「クラヴィスがどこへ行くというのだ?」
「あ……ジュ……ジュリアスっ」
 ゼフェルは自分の前の巨大な人影を見た。

 『クラヴィスさまったら、うふふふふ』
 『お前の笑顔には敵わぬな、アンジェリーク』
 『クラヴィス様の方こそ、時々ニコッとなさる時にドキッとしちゃいますー』
 『フ……そうか?』

  
「こ、この会話は……。おのれクラヴィス! 抜け駆けは許さぬぞ〜」
 ジュリアスの額に0.5ミリ感覚の縦線が入っていくのをゼフェルは見た気がした。

 聖地ではこれから、愛の嵐が吹き荒れる様子である……。

 

-END-


聖地の森の11月 陽だまり