「なんて酷い有様で……屍の山が延々と……」
 私に随行していた護衛官は声を詰まらせて言葉を失った後、口元に手をやり、込み上げてくる吐き気に耐えているようだった。
 
 その惑星全土では既に何年も前から戦争の最終段階に入っていた。数々の小国はとうに消滅し、やがて三つの大国が残った。主星政府が介入して一旦は終息に向かったが、それはさらなる戦争のための休息にしかならなかった。

 主星に助けを求めた穏健派の老議員たちの命が自然に終わると、再び恐怖政治の時代となった。『核を持たぬというのも、かえってたちが悪い』と、主星のある議員は失言しその地位を追われることになったが、言い得て妙だった。核を持たぬその星では、一瞬のうちに戦いが終わることはない。それを恐れて互いに牽制しあう必要もなく、人という駒の尽きぬ限り、不毛な戦いを続けていたのだった。

 三つの大国のうち一つの国がまず倒れ、残った大国がそれを二分し、そこが最終決戦の地となった。主に借り出されたのはその土地の者たちで、この間まで同じ国の者だった同士が戦わねばならぬことになった。歯止めの効かない怒りと悲しみ、誰が敵なのか、何と戦っているのか判らぬままに死んでいった者たちの数は知れない。
 
 私はその墓場と化した焼け野原から視線を外し、背後にある木の根元に視線を移した。目的の者の気配を感じたのだ。倒れている者の足が見える。それがピクリと動いた。

「生きてます!」
 護衛官は叫び、いち早くそこへと駆け寄った。私も後を追う。
「君! しっかりして!」
 護衛官の声に男はハッと目を開けた。まだあどけない顔をした少年だった。衣類についた血糊の凄まじさと蒼白の顔色が彼の命が幾ばくの時も無いことを物語っている。彼は私たちの声を聞いて驚き、僅かに目を開けた。敵ではないかと恐怖の色が走る。
 

「慌てるな。私たちは……何もしないよ。君は兵士ではないようなのに……どうして……」
 護衛官は血の流れ出している少年の腕を自らのスカーフで縛りながら問うた。少年の命を残り少なにしているのは、そんな腕の怪我などではない。無意味なことだと判っていても、そうせずにはいられなかったのだろう。
 少年は首を小さく左右に振った後、嗄れた声で何かを言おうとしたがもう声にはならないようだった。
「何も言わなくていい。少しだけ心を覗かせて貰うよ。私はそういう能力が少しあるんだ」
 護衛官は彼の胸に手を置き、その思考を読み取った。そういう才のある者を随行者として選んだのだ。瀕死の少年の心を読み取った後、護衛官は、途切れ途切れに話し始めた。

「数日前は、まだこの辺りはのどかな平原だったらしいです。大軍が集結している情報が入り、周辺の村人たちは息を潜めていたものの、ついに戦いが始まり、それが激しいものへと変わり、最終的には無差別的な殺戮が行われたのだと……。この少年の家族や村の者たちは……」
「もうよい。皆まで言わずとも判る」
 私は護衛官の言葉をそこで制した。そして、倒れている少年の側に屈み込んだ。綺麗な澄んだ目をしていた。それに感じるものがあった。我々守護聖のそれとは違うが、彼はごくごく僅かながらその身にサクリアのようなものを持っている……判りやすく言い換えれば感受性が特別に深く鋭い者だった。そういう者は稀にいる。そう……一つの惑星に一人か二人ほど。彼の持つ強い感性は直接、女王の心に届く。聖地に時間にして半時ほど前、ふいに陛下が倒れた。この少年の感情に襲われて。新女王にとっては初めての、外からの負の精神的干渉だった。女王はその力を持って、精神を飛ばし、この者の位置を特定し、何を成すべきかを識った。そして、私がこの地に使わされたのだった。

 彼にしてやれる、たったひとつの事をする為に、私は少年の額に触れた。その表情がゆっくりと和らいでいく……と、同時に入れ違いに彼の中の感情が私の中に入り込んでくる。怯え、恐怖、怒り……、私は視界が薄れ、少年の顔以外のものは見えなくなった。その負の感情のせいで私の心にもまた黒いものが渦巻く。

  私の……聖域が悲しみに染まっていく……この少年の感じた行き場のない憎しみが、私の聖域を汚していくのだ。辛い……。

 やがて、少年の唇が動いた。聞き取りは出来ないが、それは「ありがとう」と読み取れた。彼は私が何者かを身を以って理解したのだ。その後すぐに彼の短い生涯は終わりを告げた……私が手向けた闇のサクリアの中で、彼は永久に旅立った。
 
「クラヴィス様!」
 護衛官が叫ぶのが聞こえた。たぶん私の体が揺れたのだろう…………。強い力が私の体を支えた。護衛官が、私を支えながら聖地への回廊を開こうとした時、私の意識は無くなった。
 

■NEXT■


聖地の森の11月 黄昏の森