◆ そして、今年、十一月も半ばを過ぎた今日、クラヴィスがすれ違い様、「今夜、古塔で待っている」と私に告げた……。

 執務が終わり、その帰り道、見上げた空は赤く燃え、高い所に星が輝いていた。館へ続く小道には赤や黄の葉の絨毯が出来ている。子どもじみていると思いつつも、枯葉を踏む音は サクサクと小気味よい。そんな風に思えるのも女王試験が済み、新宇宙への移行後、数ヶ月が過ぎて総てが落ち着いてきたせいであろう。他の皆の様子も明るい。クラヴィスでさえ。
 
 夜が更けて、約束通りに古塔へと向かった。森に入ると、その小道には街灯はないため、星明かりが頼りだった。小さな灯りを持ってはいたが目が慣れるとそれは使わずにすんだ。古塔の中で、いつものようにクラヴィスが待っていた。仄かなランプが灯っている。
 
「少し寒いな……今年は冬が早く来そうだ……」
 そう言ったクラヴィスは黒い長衣を羽織ったまま長椅子に座っており、彼の髪と溶け合ってひとつの大きな固まりのように見えた。その様が少し可笑しかった。
「ああ。その分、今夜は星が冴え冴えと美しい。道すがら随分楽しんだ。だが、そのせいで石畳に足元をとられ危うく躓くところだった」
「星詠みの塔に行くのだ……星などここで見ればよいものを」
 クラヴィスは天井の大窓を指さした。
「まったくだ」
 あの日から五度目の事だが、こんな風なたわいもない会話をしたのは初めてだった。いつもは何の言葉も掛け合わずに始め、無言のまま去っていくのに。やはり新しい女王の御代に変わったことで私にもクラヴィスにも余裕ができているのだろう。
 
「ジュリアス」
 とクラヴィスは改まったように言った。誘っているのだな……と思った。だから私はクラヴィスの横に腰掛けた。例年のように……儀式のように肌を合わせるのだ、と。
 
「ジュリアス、私は今年は薬は飲んでいない」
 クラヴィスが静かに言った。その言葉の意味がすぐに判った。体調を良くするために夏の終わりから冬が来るまで処方されているものを飲んではいない……ということは、クラヴィスが自身のコントロールができるようになったということだ。緩やかにクラヴィスの体は自身の星の民のそれから、主星型のそれへと移行 するのだと医師から説明を受けていた。
「そう……なのか? では……もう辛くはないのだな?」
「ああ。新宇宙への移行後は、特に体調も良い」
「何よりだ」
 私がそう答えた後、二人の間に妙な間が流れた。
「では……私が今夜ここに来る必要はなかったように思うが。今の説明なら、執務室でも話せただろう」
「ああ……だが……まあ……」
 クラヴィスは曖昧に答えて立ち上がる。やはり黒い大きな固まりのようだ。それが窓辺へと動く。

「五年前のこと……を少し話しておきたくてな。お前にとってはあまり記憶にないことかも知れないが」
 クラヴィスは私に背を向けてそう言い出した。私も昼下がりに五年前の事を思い出していたのだ……記憶はすぐそこにある。だが私は何も言わず、クラヴィスが話し出すのを待った。

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