◆クラヴィスの身に異変が起きたのは、十五歳の秋だった。涼やかな風が吹き始めるにつれて虚ろな感じに変わっていく。どうしたのだと尋ねても言葉を濁すばかり。私は、本人の了解を得た上で直接医師から話しを聞いた。

 クラヴィスの生まれた星には、はっきりとした四季はなく、夏と冬、それぞれ季節に移行する狭間の一ヶ月ほどの秋のような季節が存在する。その狭間の季節に人々は繁殖期を迎え、冬ごもりの間に懐妊して安静に過ごすという。古の遊牧民なれば理に適った事なのだが、星の文明が進んだ後もその性質はやや薄れつつも、今に残るのだという。

『思春期を迎えたクラヴィス様にも、この性質が出始めたのです。寒さが増すまでの一ヶ月ほどの間……さよう十一月には少しお辛いことにお体がなるのです。血圧や動悸、不眠、めまいなど自律神経の働きが乱れますので……』

『それは何か薬のようなものでは効かぬのか?』

『軽いものを処方いたしますが、成長期の事、あまり押さえ込むようなことはよくありません。概ね十五歳前後から二十代前半の時期を過ぎる頃までの年に一度の症状ですから、そんなものだと思って自然に乗り切るのが一番良いのです。クラヴィス様の場合、聖地境と故郷の星との環境の違いが大きすぎるため、よけいにお辛いことになっておられますが、歳を重ねれば次第に感情もコントロールできるようになり伏せるようなことはないと思われます』

 医師の言葉通り冬に寒さが本格的にやって来る頃には、クラヴィスは随分、楽になったようだった。だが以降、毎年、十一月が来ると 彼は同じように具合が悪くなり、館に籠もる日々が続いたが、私はそんなものなのだと思って、あまり気に止めないでいた。

 そして十八歳の秋……。

 主治医から私は『鍵』を手渡された。
「これは……? 次元回廊のものではないか?」
 普通のものではない。鍵……といってもプレート状になった簡易転移装置である。それは特定の場所へと回廊を開くもので、同一の場所に数回に渡って赴く必要にある時に造られるものだった。その都度、回廊の設定をする必要がなく、急を要する時、秘密裏に訪問する必要のある時……守護聖が係の者の手を介さずに回廊を使う事ができる。

「王立研究院の回廊へと続く部屋に赴く必要もございません。寝所にてお使いください」
 医師は、私が嫌悪感を抱かぬように随分と言葉を尽くしてその『鍵』の意義を私に伝えた。『鍵』に設定された行く先は、辺境の星にある王族や貴族層の為に造られた娼館だった。誰に知られることもなく、名乗る必要もなく使えるのだという。

『……これは生物として、そして医学的にも自然なことなのです。ですから医師である私がお渡し致しました』
『クラヴィスにも……これと同じものが?』
『はい。クラヴィス様にも。これで少しはお楽になれるでしょう……』

 私はその時、十一月にやってくるクラヴィスの不調の中に、性的な事が含まれているのだと気づいたのだった。狭間の季節に繁殖期を迎える……その意味が。それから、私とクラヴィスは、お互い『鍵』の事には触れずに今まで来た。

 だが、今回、私を押し倒したクラヴィスの心情を見過ごすわけにはいかなかった……。 

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