◆古塔の中は螺旋状に階段が続いている。最上階にある木の扉を押す。ギィ……と軋む音がして、その隙間から窓が見え、さらに 夕闇の迫る暗い紫色の空が見えた。雨はまだ降っていた。と同時に人の気配がした。

 クラヴィスだった。彼が持ち込んだものなのか、石塔にそぐわぬ革張りの仮眠できるほどの大きな長椅子に横たわっていた。クラヴィスは私の姿に大層驚いたようだった。

「そなた……いたのか……。驚かせてすまぬ」
 私がそういうとクラヴィスはゆるゆると起き上がり、怒ったような顔のまま私を見つめて「何用だ?」と言った。

「馬房からの帰り……少し考え事をしたくて立ち寄っただけだ。ここは人気もなく静かだと思ったので」
「誰もいない所で静かにしていたいと思ったのは、お前だけでは無かったということだ」
 クラヴィスの口調に棘があった。

「邪魔して悪かった」
 私はそう言って立ち去ろうとした。
「何処にいてもお前はうるさいのだ」
 小声ではあったが私の背中に吐き捨てるようなその言い様に、思わず振り向いた。
「なんだと?」
「何があったか知らないが、昼過ぎからお前の感情がうるさくて堪らぬ……」
 クラヴィスは俯いたままそう言った。私はハッとした。私の強い感情は、クラヴィスにも届くということを思い出した。滅多な事ではそんなことは無いのだが、ごくたまに私の感情が怒りや悲しみなどで不安定になった時、晴れぬ霧のように、あるいは嵐の前の風のように不安な気配となってクラヴィスに届くというのだ。
 

「プロキオンが……私の馬が急死したのだ……」
「ふん……」
 馬の死ごときに弔う言葉など無いというのか、クラヴィスは顔すら上げない。その態度と、うるさいと言われたことに私の気持ちは収まらなかった。
「私の良くない感情が、そなたに届くのは私のせいではない。そなたの能力故のことだ。この塔にやってきたことも故意でないし詫びたはず。うるさい……などとそういう物言いはやめろ」
 クラヴィスはまだ私を見ようともせず、自分の顔を両手で覆い、「早く私の前から去れ」と苛ついたように言った。

「束の間の静けさを求めてやって来た先で疎まれた上、うるさいだの、去れだの随分な言われようだな。人と話す時くらい顔を上げたらどうだ!」
 腹が立っていた。プロキオンの死の悲しみとも相俟って私は声を荒げ、クラヴィスの手首を掴み、顔を上げさせようとした。その瞬間……クラヴィスは反対に私の腕を掴み返した。ぐらついた私の背中を支えるように抱えるとそのまま思い切り私の肩を押して長椅子へと押し倒した。普段のクラヴィスからは考えられないほどの早さと力だった。私の肩を押しつけて馬乗りになったままクラヴィスが私を見つめた。一瞬、ギラギラと飢えたように目を見開いた後、クラヴィスは堅く瞳を閉じて「すまない……」と呟いた後、私に背を向けて俯いた。

「そなた……。そうか……今は……十一月であったな……」
 私は長椅子から身を起こし、襟元を正した。そうだ……今は十一月だったのだ……。

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