◆その日の午後、夜半から続いていた雨が止んだ。だが空は晴れたわけでなく、またすぐに降り出しそうな気配だった。 見上げた空の色に、暖かい飲み物でも飲んで気持ちを切り替えようと思ったその時、愛馬プロキオンが、心不全で急死したとの知らせを受けた。私が馬房に駆けつけると同時にまた雨が降り出した。昼間なのに薄暗い馬房の隅で、私は干し草の上に横たわったまま動かないプロキオンの側に 時を忘れて座っていた。厩務員に声を掛けられた時には、既に夕刻になっていた。

 後の事を頼み、厩舎を出る。馬車の用意はしてあったが先に館へ帰した。気持ちを静めるためにも、しばらくは一人になりたかったので歩いて戻ることにしたのだ。細かな雨がまだ降っていた。開いた傘にぽつぽつと当たる雨音がもの悲しく響く。

 馬の死には何度か立ち会っていたが、今回のプロキオンの死は、特別に辛かった。生まれた直後から愛嬌があり、じゃれて甘えてくる様が愛らしかったが、かまってやらないと私の髪を引っ張るなど悪戯もした。成長するに連れ、その性格は落ち着きはしたが、人懐っこさ変わらぬままだった。先週の休日には元気にしていたのに……と思うとやりきれなかった。
 
 馬房を出でしばらく道なりに歩くと、分かれ道に出る。宮殿や光の館へと向かう整備された石畳の道とは反対の方向に、鬱蒼と森が広がっている。その入り口近くは 一応は小道が作られて、クラヴィスの館やその先にある湖へと続く。いつもは鳥やリスなどの小動物の鳴き声や姿で和ませてくれるその辺り一帯も、雨の降り続く黄昏時には気配すらない。

 私は溜息をひとつ付くと立ち止まった。まだ館へと戻る気がしなかった。少し考えてから森の小道へと進路を変えた。少し入った所に古塔があることを思い出したのだ。

 星詠みの塔と呼ばれるそれは、聖地に現存する最も古い建築物のひとつ だ。代々の闇の守護聖が、瞑想の為や、星の観察の為に利用しているのだという。クラヴィスもまたそこを気に入っていた。まだ幼い頃、一度だけそこにを訪れたことがある。長じてから彼が利用してたのかどうか知らないが、しばらくの間、心を落ち着かせつつ、雨を凌ぐぐらいの場所にはなるだろう……。

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