Section 5 漂う揺りかご

 
 王立研究院では、既に次元回廊の座標を設定してパスハが待っていた。通常の視察ならば、転移盤の上に、守護聖は立つだけで良い。だが今日は、そこに流線型をしたポットが設置されている。ポット全体は白く固い特殊なタイルで覆われており、 その内部は、人一人分が充分に手足を伸ばして治まることの出来る程度の大きさを持っている。降り立つ星の大気成分が、人体に耐えうるものではない時に使われ 、トラブルのあった場合を想定し脱出用のジェット推進機とコールドスリープカプセルになる機能も供えている。

「ご存じかとは思いますが、この装置の半径3メートルが、シールド内です。向こうの大気成分をカットし浄化するように調節済みです が、念の為、宇宙服をお召しになるか、保護シールドをお体にコーティングされては?」
 彼の地に着いた後、ポットの扉を開け、周囲を調べる程度のことは、特殊な装備をしていなくても出来るのだが、万が一ということを考え、パスハはそう勧めた。
「宇宙空間に直接出るわけではないのだ、必要ない。すぐに終わる」
「では、サクリアを放たれる時、どうかお気を付け下さいますよう」
「わかった」
 クラヴィスは、ポットの中に入った。一礼したバスハが、回廊のゲートを開いた。床から一瞬、光が迫り上がるように輝くと、もうクラヴィスを乗せた転移装置は消え失せていた。
 
 ゼータ域、Z19−1123……赤茶けた大地、過度の酸性雨が降り注ぎ続ける惑星の、灰色の海が見える岸壁に、 ポットは着いた。到着したことを知らせる電子音の後、クラヴィスは、ロックを解き降り立った。とはいえ、シールドで守られた範囲内にいるクラヴィスには、その場所の大気も風も匂いも感じられない。ただ視覚だけが、その場の様子を捕らえている。廃墟は完全に沈黙し、遠くに描かれた絵のように見えている。まさに陰鬱を具現化したような世界の片隅で、静かにクラヴィスは 、闇のサクリアを放つべく瞳を閉じた。
 安らぎを…………。
 たちまち何かがクラヴィスの側にやって来る。ある時は深い思いやりの心を持って、ある時は軽くいなすように、屹然とクラヴィスは闇のサクリアを放つ。終焉を迎えた文明自体の悲惨な見た目は変わらないが、次第に惑星に絡んでいたあのやりきれない湿ったような気配が薄れてゆくのがクラヴィスにも判る。
 完全ではないが、後はもう大丈夫だろうと……、クラヴィスは闇のサクリアを放つのを終えた。一気に虚脱感がクラヴィスの体を襲ってくる。「ふう……」と大きな溜息が自然に出る。そのままその場に膝をついて座り込みたいのを我慢して、クラヴィスは、 ポットの中に再び入った。目眩はまだ治まらず、早く聖地に戻り、体を横たえたい……、そう思いながらクラヴィスは、聖地へ戻る為のスイッチを押す。カクンと転移装置が小さく揺れた。その時、転移装置を包み込んでいるシールドが 、瞬きほどのほんの一瞬だけ解除され次元回廊が開く。ポットがその中に消え失せようとする刹那に、クラヴィスという闇のサクリアの塊……を嗅ぎつけて、燻るように残っていた最後のモノたちが、一気に押し寄せる。  
 それらを一掃してポットは、聖地へと瞬時のうちに戻る……はずだった。

 クラヴィスが、聖地だと思って閉じた瞳を開けた時、彼は自分の体の位置が浮いていることに気づいた。
「ここはどこだ?」
 クラヴィスの呟きを、ポットを動かしているコンピュータが拾う。無機質な声が応答する。

【私はこのポットを管理しているシステム、セプター1です。聖地へのゲートを開き次元回廊に突入したのとほぼ同時に、未知の外部干渉により座標設定に狂いが生じ、宇宙へとはじき飛ばされました。本機は、安全装置を作動し、脱出モードに切り替えました】

 ポットの転移にトラブルがあった場合、システムにロックが掛かり、それは脱出装置になる。一旦、惑星上から離脱し、宇宙上に放り出される形になるが、 誘導ビーコンが出され、位置は常に 、聖地からスキャンされている……、クラヴィスはその事を思い出し、手元のパネルから舷窓を見せろと指示を出した。制御パネルの上部のタイルが動き、 小さな窓が現れる。その向こうに宇宙が広がっていた。
「確かに聖地ではない……な」
 その声に、セプター1は、反応する。

【現在地は、ゼータSP域1101011-SH-33017から33998の間を浮遊中です】

音声と同時に、クラヴィスの目の前にある制御パネル内にある小さなモニターにも、座標を示す文字が映し出された。
「そんな座標を告げられてもわからぬ。聖地へのシグナルは?」
 クラヴィスは、怒ったようにそう言った。

【十秒間隔で送っています】

「そのうち返信が来るだろう。疲れている。しばらく眠りたい、静かにしていろ」

【承知しました】

 そう表示した後、クラヴィスの目前のモニターから文字が消えた。クラヴィスの入ったポットは、まさに宇宙を漂っている。静寂の中でクラヴィスは、束の間の眠りへと入った。
 

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