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昔を思い出していたジュリアスは、我に返り、もう一度、改めて報告書の数値を確かめた。 「あの時……管理システムを閉じたのは判っているが……」 ジュリアスは、自身に問い掛けるように呟く。クラヴィスの方は記憶をまさぐるように遠い目をして窓の向こうを見つめていた。 「この星で何かあったのか?」 ジュリアスは、改めてパスハに尋ねた。 「はい。恐らくは“終焉”かと。星自体ではなく、文明の。昨日回収したデータがそれを指し示しています。」 パスハは短く答えた後、ジュリアスの机の上に一枚の書類を置いた。 その星の空気成分には、二酸化炭素と、窒素化合物、硫黄酸化物が多く含まれていることが記され、大気汚染が大きなダメージを受けている事を告げている。さらにその後に続く、地震などの天災ではない大地の揺れを示す数値、生命体の発する熱量の激減を示す数値……。すなわち、高度な文明 を持った者が、辿り着いてしまった核による崩壊……自分で自分たちの歴史に終止符を打ってしまったその文明の最期の記録が記されていた。 「今、この宇宙では、生まれるはずの星は生まれず、育つはずの星は時が満ちるまでに消えゆく。せっかく文明が栄えるほどになった星でも、愚かな行為によって滅んでしまう……」 座標を見上げていたジュリアスはやりきれない風にそう呟いた後、自ら発した言葉の矛盾点に気づいた。 「しかし……それは……ありえない……、ありえないことではないか! あの星を元にしてシミュレーションを行った時、本当のあの星には原始生命すらまだ存在していなかったのだぞ?」 ジュリアスの呟きにクラヴィスも頷いた。 「はい。星の誕生から生命体の発生そして、文明社会へと変貌してゆくまで、何十億年もの時が必要です。聖地との時間差を考慮しても、 この星の生命体が文明を持つに至ることは時間的にありえません」 「では、このデータはどういうことだ?」 「ですが、文明の終焉は実際に起こったことです。あちらでは、おおよそ千年ほどの時が流れました。まだこの星の生物自体は未確認のままですが、環境自体はかなり整いつつありました。そこに他星から移住してきた種族が住み着き、 都市を築き、新たに歴史を紡いでいったのです……そして滅びた……」 パスハがそう言うと、窓辺にいたクラヴィスが、ジュリアスの横に動いた。 「お前は、シミュレーション上での事で、直接関与したわけではなかった……だが、私は違う。データのひとつとして闇のサクリアを打ち込む時、現実の星と、コンピュータ上の星とその区別が曖昧になって、よくわからぬままにサクリアを送っていたように思うのだ。心に強く現実のこの星を思い浮かべて」 「と、なれば少なからず守護聖様が直接関与された星であること、本来ならば自然に進化の過程を経て育まれたかも知れない生物までもが死に絶えたこと、そして移住してきた者たちの、自分たちのせいとはいえ、一つの文明が終わったこと……。これらの 要因が絡み合い、クラヴィス様の仰る所の、ただならぬ気配になった……と推測します 」 「そのまま捨て置き自然に治まるのを待つか、それとも私が行って、直接、闇のサクリアを放つか……だな」 クラヴィスはジュリアスの指示を待った。ジュリアスは即答せず、一旦、目を伏せた。 今は女王試験の最中である。僅かな時間といえども、クラヴィスが、聖地や飛空都市を離れることは出来れば避けたい。それに滅んだ星の御霊を鎮めるようなサクリアの放出の仕方は、クラヴィス自身にも相当な疲れを残すはず。だが……、昨夜から続く、この何とも言えない陰鬱な気配は、自分たち以上にそれを如実に感じているであろう女王陛下の事を考えると出来るだけ速やかに打ち消してしまいたい……。 「あの……」 考え込んでいるジュリアスにパスハが躊躇いがちに、声を発した。 「?」 思考を遮られる形となったジュリアスは、瞳を開けてパスハを見た。 「実は、昨日、ロザリアが、研究院が出した『望みの予測』に間違いはないかと確かめに参りました。闇のサクリアが望みの中に含まれていないことに対する疑心でした。間違いがないと判ると、自分の錯覚だったのかと首を傾げながら戻って行きましたが……」 そして、パスハの言葉を継ぐように、「夕方、私の所にはアンジェリークが来た。何だかよくわからないが、闇のサクリアがたくさん必要な気がするから……と」 フッ……と笑いながらクラヴィスは、そう言った。 「女王候補は、自分たちの育成する大陸だけではなく、この宇宙の別の星が欲する闇のサクリアを感じ取った……ということか。まだ微力ながら、彼女たちの裡には、女王のサクリアがあるのだから…な…女王試験以外のことで、二人に負担を掛けることはもっとも避けたい」 ジュリアスは、絡み合わせた自分の指を解き、意を決してクラヴィスを見た。 「行ってくれるか?」 「すぐに向かおう」 クラヴィスは頷く。パスハは、「それでは、すぐに回廊の座標を設定してお待ちしております」と一礼し足早に去って行った。 「私も共に行くべきだと思うが、そなた一人で治めきれるか?」 「欲されているのは、闇のサクリアだけだ。あの頃とは違う。私一人で充分」 クラヴィスは、抑揚のない声でそう言った。 あの頃……。二人ともまだ十代の、守護聖としては元より、人としても未発達だった頃の事。 クラヴィスか、あるいはジュリアスのサクリアの直接的な関与が必要とされる星に向かう時、二人はいつも一緒に行くことを義務づけられていた。闇のサクリアが大量に欲されるような時、そこには、少なからずクラヴィスを引き込もうとするモノが存在する。逆に光のサクリアが必要とされる時も然り。己のサクリアを制御する術も、またそれを盾として自分を守る術もまだ未熟な二人にとっては、お互いが側にいて光と闇の、負と正とバランスを保つことが唯一の身を守る術だった。クラヴィスの場合は特にそうだった。彼のサクリアに反応し、それを貪欲に欲し、取り込もうとするのは、以前は生き物だったものの名残であり、悪霊などと呼ばれる事もあるそれ……。それらに向かって闇のサクリアを放つ時、クラヴィスの神経は外に向かって剥きだしになる。そのモノたちにあたかも傷口を嬲られるが如く……。 「では、よろしく頼む」 そう言いいはしたものの、明るい日差しに満ちたこの執務室の中にあっても、冴えないクラヴィスの顔色に、一抹の不安が過ぎるジュリアスだった。 「少し待て」 ジュリアスは、机の引き出しを開けた。筆記用具や書類がきっちりと収まった引き出しではなく、一番下の特に執務に必要ではないものが収められた引き出しの中から、ジュリアスは何かを取りだした。古ぼけた木箱である。中には、使えなくなったペンなどが入っていた。いずれも過去の守護聖や、側仕えなどから贈られたものであり、長年の愛用の末、調子が悪くなったもの の、 捨てるに忍び難い思い出の品々だった。何を取り出すつもりなのかと覗き込んだクラヴィスは、その木箱の隅に小さな石を見つけた。ジュリアスはそれを摘み上げた。 「館に戻れば、もっときちんとしたものもあるのだが。小さいから身に付けておくにはかえって良いだろう。どこかにでも放り込んで行くがいい」 そう言ってジュリアスが自分の掌の上で見せたのは、二十面体の小石だった。濃紺の中に金色の斑点が、星を散りばめたように光っている。 「この石を持って行くといい。私の代わりに……」 ラピス・ラズリ……。 その名の如く“青い石”。ジュリアスは一旦、それを強く握りしめた。光のサクリアを封じ込めるのに一番適した石だった。 「物持ちの良いことだ」 クラヴィスは、鼻先で笑った。 「覚えていたか?」 ジュリアスも小さく笑った。その石は、遠い昔、多面体の授業で使われたものだった。四面体、六面体……、様々な石で作られたそれらの形をひとつひとつ取り上げては、当時の教育係は、幼い二人に説明した。たまたまその中に、この石があった。自分の額飾りと同じ石だと知っていたジュリアスは、授業の終わった後、それを 教師から貰い受けた。以来、それはずっとジュリアスの執務室の机の引き出しの隅で眠っていたのだ。 サクリアを込めた石を、ジュリアスは、クラヴィスに手渡した。冷たいはずの天然石が、ジュリアスのサクリアのせいで、熱く感じられる。 「では、行ってくる……」 クラヴィスは、石を握りしめると、重い足取りでジュリアスの執務室を後にした。 |
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