Section 3 いつかの課題 

 
「……では、次の質問。どうしてこの星に生命は生まれないのか、答えられるかな?」
 ジュリアスとクラヴィスの教育係りでもある地の守護聖は、まずクラヴィスに問い掛けた。
「太陽から遠すぎる……から」
 クラヴィスは、少し緊張して答えた。
「そうだね。他には何かあるかな?」
 地の守護聖は、今度はジュリアスを見る。
「水素とヘリウムばかりでは、地面を構成する物質ができない。液体水素の海では生命体は育まれない」
 ジュリアスが、キッパリと答えると地の守護聖は笑顔で深く頷いた。クラヴィスは、慌ててジュリアスの言った事をノートに書いた。

「じゃあ、ここに別のまだ新しい惑星のデータがある。手元の資料を見てごらん。この星に生命体は生まれると思うかな?」
「無理かも知れない。やっぱり少し太陽から離れてるみたいだし……寒そう」
 クラヴィスは、自信なさげにそう言うと、同意を求めるようにチラリとジュリアスを見た。
「そうだな。星自体の質量や大きさはまずまずだけど、現段階では、二酸化炭素が多すぎるように思う」
 ジュリアスは大気の組成グラフを読みとり、それをクラヴィスに指し示しながら言った。
「その星が文明を持つかどうかは、とても難しいことなんだよ。さまざまな符号が一致しなくてはいけない。そしてサクリアも忘れてはならない。サクリアというものは、きっちりと数値に置き換えられるものではないから、資料には載っていない。でも、サクリアなくしては、この宇宙では 生命も文明は生まれない。では、君たちに自由研究の課題を渡そう。これはある惑星のシミュレーションプログラムだ。聖地から遠い所にある実際の星のデータを使用している。二人で力を合わせて、その星に生命体を誕生させてごらん」
 地の守護聖はそういうと二人に、その星の座標図を渡した。モニターには、青い星が映っている。それは本物のその惑星の画像だが、 使用するのは実際の星の大気と気象データのみで、これから二人が行うのは、あくまでも現実とは別の、数値のみをコンピューター上で扱う論理的シミュレーションである。 
「ゼータ域……ずいぶん遠くだ、そんな遠くまでサクリアは届くのかな?」
 クラヴィスは、首を傾げジュリアスに問う。
「確かに辺境に至るほどに陛下のお力が薄れる傾向にあるけれども。ああ、そうだ! そのプログラムの中では、サクリアはどんな風に扱うんですか?」
 ジュリアスは、地の守護聖の意見を聞くべく彼を見た。
「距離や時間の差は、サクリアと大きく関連している。この宇宙の縁とも言えるほど遠くにあれば、聖地との時差は大きく、サクリアの関与は希薄となる傾向にあるよ。この課題では、やむなくサクリアを 、数値に置き換えて取り扱う。小数点以下三桁まで。匙加減が微妙で難しいと思うけれど……出来るかな?」
「面白そうな課題だな。ちゃんと生命体が生まれるよう頑張ろう、クラヴィス」
 ジュリアスは自信満々で微笑んだが、クラヴィスの方は黙って、微かに頷いただけだった。

  そして、シミュレーションプログラムが動き出した。、実際のZ19−1123の大気データなどと連動して状況は刻々と変化するようになっている。その様子が まるで本当に起こっていることのようにリアルで二人は、時間を見つけては、この課題に没頭した。
 
 そして数日後。 
「もう少しで、生命は誕生する。すでにタンパク質も核酸も存在が確認された……だがそこから進まないな」
 ジュリアスは、モニターに映し出されている数値を懸命に見る。
「これまでかな……やっぱり難しい……」
 とクラヴィスの方は、よくわからないと言った風情で数値の羅列されているモニターをボーッと見ていた。
「何を言う。きっと何か欠けているものがあるのだ、アミノ酸の数値と原始海洋の組成をもう一度洗い出してみよう」
 モニターに貼り付いているジュリアスの横で、クラヴィスは立ち上がり、別のモニターが映し出すその星の姿を眺めていた。見た目は主星よりも小さい青い星……。コンピューターの中にではなく本当に存在するZ19−1123という星……。
「ジュリアス……」
 とクラヴィスは呟いた。
「なんだ? 立っているだけなら、そなたもここに来て、チェックを手伝え」
 ジュリアスは、顔も挙げずに応える。
「ジュリアス……この星は疲れているみたいだ」
「なんだって?」
 クラヴィスのぼんやりとした呟きに、ジュリアスは苛立たしげに立ち上がると、彼の側に行った。
「闇よ、全てを包括し、しばしの眠りを与えよ、我が名に於いてこのサクリアを放たん……」
 クラヴィスは、前の闇の守護聖から教えられた通りの言葉を微かに声に出してそう呟くと瞳を閉じた。心にただひたすら、この惑星、Z19−1123を思い浮かべて……。
「サクリアを? ならば、ちゃんと端末から数値化して打ち込まないといけないぞ」
 ジュリアスは、クラヴィスの衣装の裾を引っ張った。
「あ、うん……」
 クラヴィスにはよく判らなくなっていた。闇のサクリアを欲しているのが、本当の惑星自体だったのか、コンピューターの中だけの事だったのか……。

 翌日、シミュレーションの中で、Z19−1123の海に、最初の原始細胞が誕生した。何日後、二人がまたデータを拾った時には、既に多細胞生物が幾つか発見できた。
「そなたが、サクリアのデータを上手く送ったお陰だな。私は生命の誕生を望むあまりに、惑星操作を過激にやりすぎたのかな。そなたの安らぎのサクリアが星を包み込んでくれたのだ。サクリア無くしては生命は生まれぬという事を忘れていた……」
「うん。これで合格点を貰える」
「ああ。そなたと一緒の課題がこんなに上手く行ったのは初めてだ」
 合格点よりも、二人は、与えられた課題を一緒にやり遂げたことが、一番嬉しかったのだった。

 この後、この課題の事は、二人の記憶から薄れて行く。生命体の確認がなされ、課題を提出した二人には、他にも学ぶことが待っていた。地の守護聖も、これ以上、二人がその星に係わることに反対した。
「本当のあの星から、知的生命体が誕生するかどうかの確率は、おおよそ5パーセント。気に掛かることがあるかも知れないが、見守るだけにするんだよ。後は星自体の力にまかせるんだ」
 そして、実際の惑星に通じていた気象管理システムも、すぐに閉じられたのだった。
 

NEXT

このお話のTOP