Section 2  知っている座標

 
 静かな回廊の奥、ジュリアスが自分の執務室に入ると、開け放たれた窓から入り込む風が、カーテンを大きくふくらませていた。
 室内を整えていた側仕えがジュリアスに気づき、慌てて一礼した。
「そのまま、続けてよい。予定が変わった。今日は飛空都市には行かぬ」
「さようでございましたか。すぐに終らせますので。今日もいいお天気で、気持ちの良い朝でございますね」
 彼は素早くカーテンを束ね、金と藍糸で編んだタッセルを結びながらそう言った。
 我々、守護聖が如実に感じとっているこの気配も、一般の者には特に影響を及ぼしていないのだな……と思うと、些かなりとも安堵するジュリアスだった。
「そうだな……」
 “気持ちの良い朝か……確かに見た目は……”
 ジュリアスは、曖昧に微笑んだ。
 
 側仕えが、執務室を去ったのと入れ違いに、クラヴィスが、パスハを伴いやって来た。彼らの眉間に皺が寄っている。良くないことでやって来たのは一目瞭然だった。
「やはり、そなたも飛空都市へは行かず……か」
 ジュリアスにそう言われたクラヴィスは、当然だろうと言わんばかりの態度で、ジュリアスの机の側まで歩み出でた。
「この嫌な気配をなんとかせねばな。気になる方向をパスハに調べさせた。座標を……」
 クラヴィスは、背後のパスハを促した。即刻、彼が行動に出たとは、よほどこの嫌な気が辛いのだろう……とジュリアスは思う。

「昨夜遅く、クラヴィス様よりお申し出がありました方向をスキャンいたしましたところ……」
 パスハは、手にしていた小型の計器を操作し、ジュリアスの執務室内の空間に、ホログラフ座標を映し出した。ぼんやとした映像が、ジュリアスの机の前に映し出されている。
「補正をします、お待ち下さい……」
 パスハが、室内の光量に合わせて調節すると、座標は次第にはっきりとした輪郭を表した。中央の赤く記された位置は主星であり、それに重なり合うように金色にマークされた所が聖地ということになる。
「これが主星を基点としたアルファ域です。そして、ベータ域、ガンマ、デルタ……」
 何枚もの座標図ホログラフが重ね合わさって行く。
「そして、ゼータ域がこれです」

 王立研究院では便宜上、主星を中心にしてこの宇宙を、アルファから順にエリア別に分類している。母星系内にあり、高い文明と女王・守護聖信仰が何らかの形で残っているエリアは、聖地との時間差も比較的少なく、監視システム が常時設置されている。
 ほとんどが星の小径で結ばれているので、王立研究員や守護聖自らも観察に出掛けるなど、常にその星のデータが聖地に於いて把握できる状態である。だが、残りのエリアにある星のほとんどは、ランダムな監視の対象になっているにすぎなかった。
 そんな辺境の座標の中央にある一点を、クラヴィスは指し示した。 と、同時に他の関係のない座標図は、瞬時にして消え、ゼータ域と記されたものだけが残された。
「この滅入る気分の元凶は、この星からだ……問題がある……」
 クラヴィスが、ポツリと呟いた。
「何だ?」
「座標は、Z19−1123……覚えているか?」
 とクラヴィスは呟いた。次の瞬間、ジュリアスは弾かれたようにクラヴィスの顔をパッと見て、叫んだ。
「これは……あの惑星か! あの時の……」
 ジュリアスの記憶が遡る……十五年前へと。
 

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