Section 10 記念日

 

 
 やがて、Z19−1123に船は着き、ようやく半身を起こせるようになったクラヴィスは、なんとか予備の宇宙服に身を包むと 、ジュリアスに支えられて、コクピットへと移動した。今、二人の目の前に、モニターを通してではなく、本物のZ19−1123が見えている。

 昔は、綺麗な青い星だった。長い長い時を重ねて進化していくはずだった星……。今のZ19−1123は、その青が色褪せ、所々が赤黒く濁って見えている。 虚しさがジュリアスの胸を打つ。

「もう何の生命体も生きてはいない、これからも生まれない死んだ星に、花を手向ける代わりに光のサクリアを贈ってやりたい……」
 クラヴィスの思いに、ジュリアスは頷いた。目には見えはしないジュリアスのサクリアが、惑星の海に吸い込まれていくような感覚が、クラヴィスにはしていた。明るい光の粒が、泡沫となり澱んだ海に溶けていくような。
 ジュリアスは、視線を惑星から外し、クラヴィスを見た。掌の中で、ラピスラズリを転がしている。
「この石はもう寿命が尽きたようだ。ちょうど良い、宇宙に還してやろう」
 ジュリアスはそう言ったが、クラヴィスは首を左右に振った。
「私が、貰っておく。館の裏庭に埋め、記念に何か花の苗でも植えるとするか……」
「記念? コールドスリープのか?」
「いいや」
 クラヴィスは、そう言うと少し笑った。
「ん?」
 とジュリアスが首を傾げたが、クラヴィスは黙っている。

“目覚めた時、お前が側にいて……心が疼いた。目覚めることが出来て良かったと……。再び、逢えて良かった……と……”
  クラヴィスは、自分の真横に座っているジュリアスを見つめて、そう思っていた。

「おかしなヤツだ。何の記念日かは知らぬが、美しい花が咲いたら見せて貰おう。さあ……そろそろ」
 ジュリアスは、次元回廊を開こうとする。聖地からのシグナルが戻ってくる。クラヴィスは、まだ掌の中で、ラピスラズリを転がしている。
「聖地へ戻るぞ。…………クラヴィス、何の記念にだ?」
 ジュリアスは、まさに次元回廊に入ろうとする瞬間に、もう一度、そう尋ねた。クラヴィスはわざと聞こえぬほどの小声で呟く。 

「私が、私の気持ちに、気づいた記念に……」

 

END


あとがき