最終章

 4

 
 窓を開け放つと冷気が一気に入り込んでくる。張り詰めた空気の中、星々の瞬き、特に聖地のそれは手に取って見ているかのように明るく美しい。そろそろ寝所に入ろうかという時刻、クラヴィスはいつものように夜空を見上げ、そして祈る。いや、祈りというよりも報告だった。聖地のセレスタイトに、東の地のジュリアスに向けた 、今日も生きている……という。。
 西と東の地ではその時刻に差があるらしいと、ルヴァが言っていたことを思い出した彼は、「ジュリアスのいる所では今頃は早朝だったな……私が一日を終える頃、お前は朝を迎えるのだな……」と呟いた。
 窓を閉めようとしたクラヴィスの手が止まった。心の中で、静かに何かが砕けた。心臓が早鐘のように響き出す。
「あ……ああ……」
 とクラヴィスは呻いて俯き、窓枠を掴んだ。

 今、ジュリアスが……逝った。

 クラヴィスにはそれが明確に判った。長い間、彼は、そうして固まったままで俯いていた。開いたままの窓から入り込む風に、体は凍り付きそうになってしまっていた。ふと、我に返 り、ようやく窓を閉め、ふらつきながら椅子に座り込んだ。その時、いつものように側仕えが、最後のお茶を運んで来た。端座している教皇の姿に、邪魔にならぬよう「おやすみなさいませ」と 小声で告げ去っていった。茶器から立ち上る温かな湯気に、クラヴィスの心は少しづつ落ち着きを取り戻す。彼は机の前へと移動し、ルヴァに向かって文を書き始めた。
 フローライトと結婚しベリル家に入った後も、ダダス大学で教鞭を執り続け最高位についたルヴァは、今は退官し、自領で小さな学校を作り、村の子どもを教えている。互いに年を取り、行き来することはこの数年の間に無くなったが文だけは定期的に互いにやり取りしている。
 自分の身辺の出来事を記した後、ジュリアスの死についてクラヴィスは書いた。自ずと、古塔での守護聖との出会いが思い出される。新宇宙へと旅立ってゆくジュリアスのサクリア……それは真空の闇を切り裂くように真っ直ぐに飛んで行くようにクラヴィスには感じる。
 ジュリアスの死を伝えてやりたい、もう一人、リュミエールが、もう既にこの世にいないことをクラヴィスは寂しく思う。王座に就いた後も、リュミエールは穏やかに暮らす日を夢見ていたが、それは叶わなかった。新生スイズの立て直しが軌道に乗った後も、大国ダダスとの緊張は続いていたし飢饉の年もあった。その婚姻はやはり政略的なものに成らざるを得なかった。それでも自分の置かれた立場を愛おしみ、国を思い、僅かでも時間が出来ると、教皇庁の音楽会で民の為に竪琴を弾いた。些やかな幸せを積み上げるように重なり合う響きは、どこまでも優しく人々の心を打った。 ようやく次代に王座を譲る目処が付き、政の一線から身を退こうかとした三年ほど前、病床に着いてしまったのだった。その逝き際に、リュミエールは、自分の後に水のサクリアを継いだ人物に逢うことができたならどうかよろしくと、先に逝く身を少し悲しんで寂しげに言い、クラヴィスとルヴァの手を取り「どうかお健やかで」と微笑んだ。それが最期の言葉となった。
 クラヴィスは、ルヴァに宛てた文の封をすると、先ほど側仕えが持って来たお茶に口をつけた。それはとうに冷めてしまってはいたが、教皇庁の中庭に咲く白い小花を混ぜ込んだその芳香は まだ微かに残っていた……。
 

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