第二章 再 会

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 村長が、二台の馬車を用意して戻ってきたが、それは、ルヴァたちが乗ってきた教皇庁のものとは比べようもない質素なもので、村長自身が使っているホロのついただけの小さな馬車と、 もう一台は大きいが荷運び用の箱形の荷台が取り付けられた粗末なものだった。
「小さい村ですので、こんな馬車しかないんです」
 村長は、ジュリアスたちにではなく、地区長とルヴァに申し訳なさそうに告げる。ルヴァは、既に下船し、馬車の到着を待っていたジュリアス一行の元に行くと、馬車の件を詫びた。騎士団の若者たちは、不服そうな顔もせず、一番立派な教皇庁の馬車には目もくれずに、ラオと騎士団長に、ホロ付きの馬車を譲り、自分たちは荷馬車に乗り込んだ。
 教皇庁の馬車は、座席部が四席しかなかったので、ルヴァは、地区長にジュリアスたちとの同席を譲り、自分は御者の隣に乗ることにした。
「それじゃあ、村長、馬車を借りて行くぞ。後で、使いの者に、礼とともに送り届けるから」
 地区長がそう言うと、村長は愛想笑いを浮かべて「お気をつけて」と言った後、ジュリアスたちに向かって、「スイズの都に到着されたら、その立派さに驚かれると思いますよ」と付け加えた。
「村長、船に残った者たちは、今しばらく世話を掛けるがよろしく頼む」
 ジュリアスは、そういうとごく小さく頭を下げた。
「教皇様から依頼された大事なお客様ですからな、ご安心を」
 村長は、ニコニコと笑いながら応え、手を振った。オリヴィエは、「また、教皇様から依頼……ね」と呟いて、オスカーと共にごく小さく肩を竦めた。
 
 三台の馬車が連なって村を出て、海沿いの道を進む。緩やかな丘を海を背にしてゆっくりと登って行く。気持ちの良い青空が広がり、爽やかな風が吹く。最後の荷馬車に乗っている騎士団たちの陽気な会話が聞こえてくるが、先頭を行くジュリアスたちと地区長の馬車からは、何の会話もなく、全員黙り込んだままだった。
「東からのお客人、まっとうな人たちじゃないですか、ねぇ?」
 ふいに、ルヴァの横で手綱を握っている御者が呟いた。
「え? まっとう?」
 その言い方にルヴァは、些か驚き聞き返した。
「東の民は、皆、言葉すらもまだ操れない民で、国としての機能もなく、聖地に献上する農作物だけを、せっせと作って暮らしている。だから聖地に保護されているんだって聞いてましたよ。だから不可侵なんだって役人も言ってましたよ」
 ルヴァは、御者にも聞こえぬほどの小さな溜息をつく。ルダやダダスで言い伝わっている東の事も、概ね似たようなものだ。
「そうですね……。でも違っていたましたね。誰も本当はどうだか知らないんですから……。でも、これで、東の地の事もはっきりするでしょう」
 ルヴァは抑揚のない声で答えた。そして、自分のすぐ後に乗っているジュリアスたちの姿を思い浮かべ考え込んだ。
 ただ身分が高いだけのものではなく、強い意志を持った指導者の目をしていると思う。他の者たちからも、様付けで呼ばれているジュリアスたち三人は、特別な存在であることは間違いないようだが、オスカーという赤毛の若者は、ジュリアスを様付けで呼んでいることから、この二人の上下関係は判る。ところが、オリヴィエは、ジュリアスを呼び捨てている。ならば、ジュリアスとオリヴィエは同等の地位ではないかと思われるが、オスカーは、オリヴィエを様付けでは呼んでいない。一体、彼らの関係はどうなっているのだろう? そして、あの三人のうちの誰かが、クラヴィスが 、かつて聞いた声の主なのでろうか? ……ルヴァは、それらをはっきりさせたくて気持ちが落ち着かない。いっそ地区長に席を譲らずに、後部座席に座ったならば、そう言ったことも聞き出せたかも知れないと残念に思うのだった。
 
 やがて馬車は、ガザールの町へと到着する。町の中心部に差し掛かった時、背後で、誰かが何かを地区長に尋ねる声が聞こえ、ルヴァは振り向いた。
「この辺りでは一番賑やかな町ですが、教皇庁のあるスイズの都の足元にも及ばない小さな田舎町ですよ」
 地区長の声がしている。ジュリアスたちが、この町の事を尋ねたのであろう。最後尾の騎士団の方からも、賑やかな町の様子に驚く声が聞こえてくる。馬車は、大陸横断列車の駅へと到着 し、ジュリアスたち一行を、地区長は、駅構内へと誘った。
「何なの……あれ?」
 地区長とルヴァに続いて歩いていたオリヴィエが声をあげた。彼らの目前に、七両編成の列車が停まっている。
「長い……馬車だなあ……」
「一体、何頭の馬で牽くんだろう?」
 若い騎士団の者たちが、そう言ったのを聞いた地区長は笑い出した。
「あっはっはっは。いやいや、馬で引くんじゃないですよ。東には列車はまだ無いようですな」
 ジュリアスたちの顔が一瞬、固くなる。
「これは列車と言いましてな。ダークスという燃料を使って動かしてるんですよ……」
 地区長は、子どもの見学者に説明するように列車の走る仕組みを語り出す。ジュリアスたちは無言で聞いているが、どの顔もいまひとつ理解をしていない。地区長の話が、さらに、大陸横断列車を、スイズの都からガザールまで引くことに定めた先々代の教皇の自慢話になったところで、ルヴァはやんわりとそれを止めた。
「そろそろ、皆さんに客室車両に乗って戴いた方がよろしいのではありませんか?」
「おっと、そうですな。皆さんにはもちろん特別車両を用意してございますよ。こちらへ……」
 クラヴィスが教皇となってから、大陸横断列車は整備され、車線を増やす計画が進められている。一般の民にも、乗車が開放されつつあるのだが、実際に、列車を利用 しているのは、各国の要人ばかりである。客室の車両は、彼らに合わせてどれも豪華な造りになっているが、その中でも一際豪華な車両に、ジュリアスたちは案内された。
「ルヴァ殿、この車両は、東からの来客の貸し切りにしてありますので。給仕係の者にも、良く言って聞かせてありますから。教皇様によろしくお伝え下さい」
 地区長は、愛想笑いを絶やさずに言った。
「いろいろと手配戴きありがとうございました。船に残った人たちの事もよろしくお願いします。貴方のお心使いは、教皇様に、私からお話ししておきますので」
 ルヴァの言葉に、地区長の顔が殊更、明るく輝いた。
「正午の鐘がなりますな、では、お気をつけて」
 列車の出発まで間もない事を知らせる鐘が打ち鳴らされ、荷積みをしている者たちが、せわしなく駆けていく。特別車両の中には、4つの客室があり、ルヴァは、その中でもっとも大きな客室にジュリアス、オスカー、オリヴィエを案内した。他の客室には、第一騎士団の者たちが、自主的に分かれて入っていく。騎士団の者たちが、座り心地や、列車の造りそのものに感心し、キョロキョロとしているのに対して、やはりここでも、ジュリアスたちは余り会話を交わさず、無表情のままだった。
「すみません。あの……私もここに同席させて下さいね。道中は何日もありますし、出来れば、その……いろいろとお話を伺いたいのです。まだ、お名前しか伺っていませんでしたね……」
 ルヴァは、そう言いながら、座席に着いた。進行方向に向かって、窓際の席にジュリアス、通路側にオリヴィエ、造り付けのテーブルを挟んで、オスカー、その横にルヴァは座った。
「もし差し支えなければ、貴方たちの事をお話していただけませんか? 東からの代表……と聞いていますが、あなた方は探求者とも学者とも違うように思いますが?」
「それでは、まず、我らの国が、どのような体制を執っているのか、そこから説明しても良いか?」
 ジュリアスは、静かに口を開いた。室内で聞くとその凛とした声が、一層良く聞こえる。身分の高い者の話し方、それも王族のような……とルヴァは思う。
「ええ、ぜひ」
「東には、二つの大国がある。大陸の中央部にあるクゥアンと、あの大山脈の麓に沿うように拡がるモンメイ……」
「二つの大国というのは違ってるよ、ジュリアス。大国は、クゥアンひとつだけ。モンメイは広さはあるけれど大国ではない」
 ジュリアスがオリヴィエを制して言った。
「モンメイは、クゥアンとの戦いに負け、一度、クゥアンの支配下に入ってる。同盟国になっているのは、ジュリアスの情けがあってこそだよ」
「情けなどかけてはいない。同盟国にしたのは、そなたの兄、リュホウ殿が立派な人物だったからだ」
“ジュリアスの情け? では、ジュリアスという人はクゥアンの王? オリヴィエは、モンメイの? 彼の地の国政も複雑なんでしょうかね?”
 ルヴァは、ジュリアスとオリヴィエを交互に見て思う。そんな彼の内心に気づいたオリヴィエは、少し笑いながら説明する。
「ジュリアスは、クゥアンの王だった。今の王は、ジュリアスの伯父。ワタシはモンメイ王リュホウの弟で、モンメイの王子。それから、このオスカーも、クゥアンの同盟国ホゥヤン 国の王子様さ」
 オリヴィエは、オスカーの方を見て、ニヤリと笑った。
「ホゥヤンは小さな国で、ずっと以前にクゥヤンの属領となっていたのを、最近、訳あって同盟国に昇格し、王族でも何でもない俺の父親が、一応、代表者になっただけのことで、俺は王子というより、ジュリアス様に仕える騎士の一人と思ってくれていい」
オスカーは、オリヴィエを睨み付け、憮然としてそう答えた。
「属領としたということは、一旦は滅ぼされたということでしょう? それがどうして同盟国に? クゥアンというのが力を持った大国というのは判りましたが、もし良ければ、もう少し詳しくお話しして戴けませんか? あの……申し遅れましたが、教皇様の友人として自己紹介しましたが、私は、考古学や歴史学の学者でしてね、純粋に、東の地については興味があるもので」
 ルヴァが、身を乗り出すようにしてそう願い出ると、ジュリアスたちはやっと微笑みを見せた。
「では、少し込み入った話になるが、お話ししよう」
「ありがとうござます。あ、そうでした、その前に、ちょっと先に、お聞きしたいことが……」
 ルヴァがそう告げた時、列車の発車を告げる鐘が、一段と強く打ち鳴らされ話しが途切れた。汽笛の音と共に、ガクンと車両が揺れる。背後の客室で、第一騎士団の者たちが、思わず、「うわっ」と上げた声が聞こえてくる。駅の構内からガザールの町中へと、走り出した列車に、ジュリアスたちは、慌てて窓の外を見た。
「さっき、地区長の説明は、よくわからなかったけれど、凄いね……列車って言うんだっけ? これ」
「俺はあんまり深く考えないことにする。何だってこんな物が勝手に動くのかさっぱりわからん」
 オリヴィエとオスカーが感心しつつも、首を傾げるその横で、ジュリアスがじっと考え込んでいる。
「ジュリアス様?」
 その表情に気づいたオスカーが、声をかける。
「窓を流れゆく景色は、さほど変わらぬのに、この地は随分と我らのいた世界と差があるようだ……、と、思っていたのだ。すまぬ、ルヴァ殿、さきほど何か尋ねたいことがあると?」
 ジュリアスは、ふうっと息を吐き、気を取り直して、ルヴァと視線を合わせた。
「ええ……。あのですね。これは、教皇様が言ってたことなんですけども、ずっと前に、貴方は……教皇様とお話しなさいませんでしたか?」
 おかしな質問になってしまった……とルヴァは、思うものの、そうとしか言えなかった。案の定、ジュリアスだけでなく、オリヴィエもオスカーも、無言のまま、呆れたようにルヴァを見つめている。
「えっと……すみません。あの……」
 ルヴァが、聞き流して欲しいと、言いかけた時、ジュリアスの表情が変わった。
「あの“声”の主は、教皇殿だったのだな?」
「では、やっぱり、貴方が! クラヴィスもずっと待っていたんですよ、貴方の事を」
「クラヴィス?」
「ええ。教皇様の名前です」
 ジュリアスは、あの時に聞いた“声”を思い出している。誰からも尊敬されているという教皇などという身分は感じられぬような寂しげな少年の声だった。

「教皇庁のあるスイズまで、まだ何日もかかります。私たちはもっと知りあえると思います」
 ルヴァは、心につかえていたものを、ようやく吐き出して、楽になった気がしていた。東からの来客を待っているクラヴィスと同じく、目の前のジュリアスもまた、自らの不思議な体験の意味を知りたがっている。ジュリアスから聞かされていたのであろうオリヴィエとオスカーの視線も同様だった。
「ひとつ、前に進んだね、ジュリアス」
 オリヴィエが、微笑む。
「お聞きしたいことがありすぎて困ってしまいますが、まずは、東のお国について、先ほどの続きを聞かせてください。ええっと、オスカー殿も、ホゥヤンというお国の王子様でいらした……そこまで、お聞きしましたね?」
「いや、だから、俺は、騎士で……」
 オスカーは、困った顔しながら、溜息をつく。ジュリアスとオリヴィエが、苦笑する。
「フフン、あんたが王子になった経緯も説明してあげれば?」
 オリヴィエが、意地悪くそう言うと、ルヴァは真顔で「ええ、ええ。ぜひ」と答える。
「俺のことなんかいいから、早くクゥアンの説明をして下さいよ、ジュリアス様」
 オスカーに急かされて、ジュリアスは、話しを始めた。東の地に拡がる自分たちの世界のことを……。
 

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