目の前に置かれた皿には、季節の果物と甘い菓子が置かれている。銀やガラスの器に、それらの鮮やかな色が映り込み、豪華な食卓の上にブーケを散りばめて置いたかのように見える。
「お兄様、先日の試験の結果をお聞きしました。たいそう、良いお点だったそうですね」
中の王子と呼ばれる二番目の王子が、はきはとした物言いで食卓の座を盛り上げるかのように切り出した。
「まぐれだよ。お前の方こそ、いいレポートを書き上げたそうだな。先生が褒めてらしたぞ。後で読みたいな」
上の王子はまんざらでもないといった顔をしながら、その余裕からか、ひとつ違いの弟を褒めた。彼らの隣に座っているのは、それぞれの母である妃たちである。上の王子は正妃の子、二番目の中の王子は寵妃の子であった。
「正妃様、もっと焼き菓子をいかが?」
「ありがとう、でも、ご遠慮するわ。最近太り気味なんですもの」
「そんな事を仰られては、私など何も口にできませんわ。さあ、どうぞ」
二人の妃は、互いに可憐な縁飾りの付いた菓子皿を勧め合う。
「二人とも存分に細く、美しい。気にしないで食べなさい。たとえ多少太めになった所で、私の愛は変わらんよ」
二人の夫であり、このスイズ国の王が、笑いながらそう言った。
「まあ、お上手ですこと!」
王の言葉に、二人の妃は顔を付き合わせて言った。少し会話が途切れると、誰かが素早く話を継ぐ。今度は、王の長子である上の王子が、大人しい弟を気遣うように、切り出した。
「リュミエール、竪琴の教本の七巻目を終えたと聞いたけれど、本当かい?」
リュミエール……末の王子と呼ばれる彼は、青みがかった銀色の髪を持つ少女のように優しげな面立ちをしたまだ幼い少年だった。二人の兄王子からは、七歳ほど年も離れている。
「はい、お兄様。先週から八巻に入りました」
「すごいなぁ。王族の嗜みだからと習わされたけれど、私は三巻で挫折してしまったのに」
「お兄様たちは、楽器よりも、武術や学問の方がお得意でいらっしゃるのだもの」
リュミエールは、兄に褒められて、恥ずかしそうにそう言った。
「まあ、それはそうだけれど。でも、リュミエールは、本当に絵も上手いし音楽の才能も秀でている。きっとこの大陸一の芸術家になれますね」
上の王子の言葉に、皆が頷いた。
「ああ、そうだ。リュミエール。来週また教皇庁に行くのだが、お前も同行しなさい」
「え? わたくしがですか?」
「教皇様のご子息の成人の儀があるのは知っているだろう。教皇様が、どこからお前の竪琴の腕前をお聞きになって、急なことだが、ぜひ披露して欲しいと言われたのだよ」
「それはすごいじゃないか。教皇様の御前で演奏するなんて。僕やお兄様だって滅多に教皇様の御前には上がったことないのに」
中の王子が、羨ましそうに言った。
「でも、教皇庁にも専属の楽士がいらっしゃるのに、わたくしの演奏なんて……」
「まだ十歳ほどのスイズ国の王子が演奏することに意義があるのだよ」
「リュミエール、良かったですね。教皇様方とは、我が国は、特に末永く共存していかねばなりません。外交の意味でも、お前の竪琴が架け橋となれるのならば喜ばねば」
「はい。正妃お母様」
リュミエールが小さく答えると、上の王子が「そういえば教皇様には、もう一人ご子息がいらっしゃるのでしょう? 父上、どんなお方です?」と尋ねた。
「うむ。クラヴィス様だ。確か十五ほどになられるはずだが。物静かなお方のようだな。将来は、教皇となられるであろう兄君様の第一補佐官になられるべく学業に励んでおられるらしい
が」
王がそういうと、正妃が少し小声になった言葉を継いだ。
「皇妃様の実のお子ではない為、控えめにしていらっしゃると聞きましたわ」
「皇妃様の……正妃の子でないから控えめにしているだなんて、少しお可愛そうですね。僕も同じ立場ですけれど、お心の大きい正妃お母様やお兄様のおかけで、伸び伸びとさせて戴いていることを思えば」
中の王子は、正妃と兄を見て、明るい声でそう言った。
「本当にお心の優しいお二人の側にいる私たちは、幸せですわね」
彼の母である寵妃も同じように二人を見て言った。
「正妃だ、寵妃だと、そんな事は気になさらないで。たまたま私が早く王に嫁いだだけですもの。リュミエール、貴方は、今は亡き第三寵妃のお子だけれど、私の事を本当の母と思ってよいのですよ。もちろん中の王子、貴方もですよ」
正妃のその言葉に王は、満足気に頷き、微笑んだ。
絵に描いたように……上品で仲睦まじい王家の食卓の中で、まだ幼いリュミエールは、人の心の裏を読むなどと言うことは知らず、同じように微笑んだ
。
自分が幸せであることを疑うことなく……。
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