クラヴィスは、咄嗟に側に落ちていた太い枝を拾い上げ、横にいた酒場の男のうちの一人の首を羽交い締めにし、自分の盾にした。
それを見た馬上の男は、馬の手綱をぐいっと締めると、一瞬、驚いたように目を見開いたものの、すぐに馬から飛び降りた。
男とクラヴィスの間に、凄まじい緊張が走る。間近でそれを見ていたスモーキーにも、酒場の男たちにも、一体何かあったのかさえ判らず、ただ二人に視線が釘付けになるだけだった。男の体がふいにスッと揺れ、彼はその場に跪いた。そして、小声で言った。
「クラヴィス様、どうか」
その言葉にスモーキーは我に返った。クラヴィスの事を様付けで呼んだこの男は、クラヴィスが何者か知っていることになる。だからこそ、仲間を羽交い締めにされつつも、回りの者たちを気にして小声で呼びかけたのだ。そして馬から飛び降り、その場にいち早く傅いたことから敵意はないと伺える。
だが、クラヴィスの様子からして何かの事情が二人の間にあるのは明白だった。スモーキーは、咄嗟にどうしたのか気にしている大男たちに向かって、大声で叫んだ。
「何もない。一旦、退くんだ。ゼン、セクル! この手前の川辺まで戻れ。ちょっと狭いが、そこで火を起こして飯の支度をしておけ!」
「けど、クラヴィスが……」
サクルが不安そうな顔をしている。
「大丈夫だ。言うことを聞け。見ろ、跪いてるだろ? クラヴィスの知り合いみたいだ。すぐに話は終わらせる。俺を信じて今は下がれ!」
ゼンも大男たちも納得はしていないものの、スモーキーにキッパリと大声で言われるとそれ以上は何も言えず、ブツブツと文句を言いながらも元来た道を後戻りし出した。リュミエールとルヴァだけが、どうにも気になる様子で最期までチラチラとスモーキーを見ている。
“向こうは三人……。ルヴァとリュミエールを残せばこちらは四人だしな……”
「二人は残っていい」
スモーキーは、そう言い、まだ男を羽交い締めにしたまま動かないクラヴィスと、その前に跪いている男の間に入った。
「クラヴィス、落ち着け! その手を離せ」
スモーキーに、間近でそう言われて、クラヴィスは、手をやや緩めた。その隙に盾になっていた男は、クラヴィスの腕を払い除け、もう一人の仲間の元へと逃げた。
「クッ、くそぅ、いきなり何しやがるんだ」
首筋をさすりながら男はそういうと、腰元に付けていた護身用のナイフを取り出そうとした。
「やめろ! お前たちも、退け。行くんだ」
跪いていた男が顔を上げ、仲間の男たちを一喝した。
「なんだよ、ジンカイト! こいつら何かおかしいじゃないか。あんただっていきなりどうして……」
食って掛かる男に向かって、彼は、何も言うなとばかりに首を左右に振った。
「このお方とは知り合いでな。以前に無礼を働いてしまったことがあるんだ。あまりの偶然に驚いたが。話は私が付ける。頼む、しばらくこのお方と話をさせてくれ。お前たちは先に例の場所にて待て。しなきゃならんことがあるだろう?」
ジンカイトは、スモーキーと、やや離れた所にいるルヴァたちを気にしながらそう言った。
「俺たちは何もしないよ。武器も持っていない。ただ話し合うだけだと誓うぜ」
スモーキーは、自分の両手を広げて、男たちに行った。ジンカイトは、早く行けと言うように彼らに視線で指図すると、渋々、男たちは去っていった。
再び、林の中は、静かになったが、クラヴィスは、ジンカイトを見下ろしたまま何も言わない。ジンカイトは、まずスモーキーと視線を合わせた。
「人払いのご配慮、痛み入ります」
「かまわん。仲間にも伏せていることがあるのは、こっちも同じなんでな。けれど、俺はこの場に立ち会わせて貰うぜ。あの二人も、クラヴィスの事を……知ってるからいいだろう」
スモーキーが、そう言うとジンカイトは、少し意外な顔をした。
「知っていてそれでも尚、呼び捨てにしてるのには訳があるんでな。おい、クラヴィス、落ち着いたか? お前にしちゃ、咄嗟に頭に血が上ったみたいだが?」
スモーキーは、ジンカイトとクラヴィスの双方を見ながら言った。
「久しぶりだな。私が死んでいなくて残念だったな……」
クラヴィスは、怒りの籠もった声で言った。
「ご、ご無事で何よりでございました。貴方様が生きていらっしゃるとジェイド公から言われ、あれからどんなに探したことでしょう」
また二人の間に緊張が走った。リュミエールとルヴァは、彼からジェイドの名前が出たことで、お互いに顔を見合わせたまま黙り込んだ。それを和らげるように、「クラヴィス、このジンカイトという人は何者か教えてくれないか? 話がまったく見えないんでな」と、スモーキーが言った。
「この者はジェイドの武官だ。私を東の辺境で崖から突き落とした従者の片割れ……兄の方だ」
クラヴィスは、何故こんな所で今更お前と出逢うのだ?……というような脱力したような声でそう言った。
「あの時の事は……お、お詫びのしようもございませんっ」
ジンカイトはさらに身を低くした。スモーキーは、彼の腕を掴んで無理矢理、顔を上げさせた。
「本当に悪いと思ってるようだぜ、クラヴィス。コイツにはコイツなりの事情があるようだ。聞いてやったらどうだ? お前に対する敵意はないことを確かめるためにも」
その言葉にクラヴィスが頷くと、ジンカイトは訥々と話し出した。
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