第八章 蒼天、次代への風

 3

 
 大陸横断列車と平行して、横に細長くヘイヤの荒野が続いている。この荒野を抜ければ、再びスイズ国内へと入り、険しい山に行き当たる。大陸横断列車は、そこでゆるやかに北へ進み スイズ王都を目指す。
 だが、スモーキーたちは、一旦、山間部に入り、王都の華やかさとはまったく無縁の貧しい農村が点在する地域を、王都を目指して北へと進むつもりでいた。
「この先に村があるはずだ。それでスモーキーとも相談したんだが……」
 大男は、地図を広げながら皆にそう言い、後の言葉を促すべくスモーキーを見た。
「こんな一行で村に入るんだから目立つだろう。俺たちは、ヘイヤから傭兵になるべくスイズ王都に向かっている者、ということにしようかと思うんだ」
 スモーキーは、都合の良い嘘に軽く笑いながら言った。
「傭兵かぁ。そいつは良い考えだぜ。スイズ軍に雇って貰おうと、貧しい村から出て来たって事だよな」
「ああ、そうだ。それなら村の連中も、むさい一行に嫌な顔をしても、食べ物くらいは売ってくれるだろうしな。何か聞かれたら、よくわからねぇけど、鉱夫よか金をくれるって聞いたから、村から出て来た……とでも言うんだ。後は、スモーキーがいつもの達者な口で、あることないことでっちあげてくれらぁ」
 大男は豪快に笑って言った。
「口から先に生まれてきたみたいに言うなよ。処世術に長けていると言え。ともかくこの先は、俺たちは傭兵志望ということで進もう。上手くいけば五日ほどで、王都の直前にある町に入れるはずだ。そこまで行けば町に衛兵もいるだろうし、俺たちの手配書も回ってるかも知れないから、また打つ手を考えなきゃならないだろうな。ともかく、今は点在する村を足がかりに北へと急ごう」
 久しぶりに人のいる村に入ることに、一行は不安を感じてはいたが、食べ物や酒にありつけるかも知れないと思うと、心は浮き足立つのだった。そうして、夕方近くになりとある村に入ったスモーキーたちは、例の傭兵志望の嘘のお陰で、なんとか農家の納屋に泊めて貰うことが出来た。このようにして、順調に旅は進み、二つの村を難なく通り過ぎ、三つ目の村にスモーキーたちは辿り着いた。その村は、前の二つの村よりは大きく、食料や雑貨、小さいながらも酒場もある所だった。
 村はずれの農家の軒先に一夜の宿を借りることになったのだったが、スモーキーと大男、それにクラヴィスの三人が、食料の調達がてら、酒場に何か情報がないか様子見に行くことになった。
「酒が飲みてぇー。いいよなァ、クラヴィス」
 村の広場にあるという酒場に向かう三人に、鉱夫たちが不満顔で言う。
「るせぇ。傭兵志望ってことになってるんだ。ガタイのデカイ順で決まったんだから文句いうな」
 大男は、ずいっと鉱夫たちを睨み付けると、自分の太い腕を見せつけた。三人は農家を離れ、村の広場へと向かい、酒場へと入った。そこは鉱山現場付近の酒場のような華やかさはなく、酌をして回る女もいない時化た店だった。それでも夕暮れの酒場には、十人ほどの男がいた。農夫のような者、荷物運びをしている風の男たちだった。彼らは、見知らぬ顔のスモーキーたち三人が入ってくると、品定めをするような目付きで眺めた後、コソコソと何かを呟き合った。
「雰囲気、悪りぃな」
 大男は小声で呟き、入り口のすぐ近くの席に座った。まだ何も注文もしないうちに、年老いた店主が、鳥の餌のような豆が数粒入った欠けた皿と酒の入ったコップを三つ持って現れ、スモーキーたちの前に盆ごとドンッと置いた。
「これしかないんでな。これで我慢だ。ダダスとの戦いが始まって以来、酒もろくに手に入りゃしない。見ない顔だがアンタら、どこから来なすった?」
 店主の言葉に、店の男たちが耳を澄ませている。
「ヘイヤの南部からだ。スイズ王都じゃ傭兵を集めてるって聞いたもんでな。出稼ぎにさ」
 まずは大男が、わざとらしく腕っ節の強さを誇示するように言った。
「傭兵集め? そんなことしてねぇだろ?」
 そう言ったのは、すぐ後ろの席に座っていた男だった。
「ヘイヤじゃ、鉱夫よか賃金がいいってもっぱらの噂だぜぇ。今年は不作だろうし、俺たちも出稼ぎに出なきゃならなかったんだ」
 スモーキーは、惚けた顔をしてそう答えた。
「鉱夫よか賃金がいいからって、戦地に行かされるんだぜ、死んじまえばお終いじゃねぇか?」
 店主は首を振りながらあきれた顔をして、カウンターの中へさっさと戻って行った。
「なあ、兄さんよ。ホントの所、スイズはダダスに勝つのかねぇ? スイズ優勢だって聞いたんで、傭兵って言っても楽なんじゃねぇかと思ってんだけどよ」
 大男は、話しかけて来た横の席の男に聞いた。だが答えたのは、その隣にいた荷運び人夫風の男だった。
「俺は、運び屋なんだけどよぉ。王都近くじゃ、もうすぐ戦いはスイズの勝利で終わるって噂なんだけどよぉ。言ってるのは、町の衛兵どもだけども」
 何かを含んだようなその言い様に、大男は直ぐさま反応した。そして残念そうに「じゃ、もう傭兵なんて集めてないってことかあ?」と言った。
「いや、でも……東部の村では、ほとんどの男が徴兵されてる。この先の村でも、徴兵のお達しが回って来たって噂聞いたぜ」
 今度は別の男が話しに割り込んできた。他の者たちも、互いに話し合うのを止め、こちらの会話を気にしている。スモーキーはそんな雰囲気を察知し、もっと何か情報を引き出せないかと思っていた。クラヴィスは、会話には加わらず、ひたすらぼうっと酒を飲んでいる風を装っていた が、実は、自分たちの座っている席からやや離れた奥のテーブルに座っている二人連れの男の様子が気になっていた。身なりは農夫のそれだが、彼らも自分たち同様、何かの情報を仕入れたがっている風に見えたのだった。
「東部の村では男手が無くなって、その上、この不作だろ。だいぶ悲惨なことになってるって聞くぜ。一揆を企てたって言うんで村ごと鎮圧された所もあるらしいし……。この村だって今年は不作で、減税の嘆願書を送ったんだが、何の返事も来ないしよう」
 客のうちでも最も身なりの良くない気の弱そうな農夫風の男がボソボソと言った。それでもこんな酒場に出入りできるだけまだしも彼は裕福なのかも知れない……とスモーキーは思う。
「スイズが優勢なのは、農閑期でもないのに、村の男たちを根こそぎ徴兵して戦地に行かせてるからだ。戦いに勝ったって、このままじゃ秋の収穫もろくに望めず、国土は荒れる一方だ 」
 突然そう言ったのは、クラヴィスが気にしていた奥に座っている男のうちの一人だった。口調が先ほどの男たちとは違い、訛りも少なくキッパリとした歯切れの良い喋り方をしている。スモーキーは、チラリと男の方を見た。
「じゃあ、傭兵になったところで、それほどおいしいこともないのかねえ」
 スモーキーは、わざと気の抜けた口ぶりで男に向かって言った。
「使い捨てられるのが落ちだろうさ。悪いことは言わない、故郷に帰ったほうがいい」
「でもせっかくここまで来たんだ。傭兵はあきらめ、鉱夫にでもなるかあ?」
 スモーキーは、大男とクラヴィスに同意を求めるかのような仕草で言った。
「それも感心しないぜ」
 奥の男は、低い声でそう言う。
「何故? 鉱山じゃいつでも鉱夫を雇い入れしてくれるだろ? 教皇庁管轄地での仕事なら賃金の未払いもないだろう?」
 スモーキーは、男から何かを聞き出そうと、さらに質問した。
「鉱山も荒れてるらしい。不当な扱いを巡って暴動が起き、二つばかしの現場が封鎖になってる。東の方の現場じゃ事故があってだいぶ死人が出て、そこでも暴動が起こり、役人を殺して逃亡した鉱夫もいるらしい」
 男がそう言うと、クラヴィスと大男は、顔を見合わせた。スモーキーだけが、それを初めて聞く話のような顔つきをしていた。
「物騒な話だな。そいつら捕まってないのか?」
 そう言ってスモーキーは、顔を顰めた。
「まだだろう。だが、王都付近には手配書が出回ってるぜ」
 男の言葉に、大男とクラヴィスは、一瞬、目を合わせた。
「ふうん……結局、おいしい話はないってことだな」
 スモーキーは、立ち上がると壁に貼られた酒の値段を見て、ポケットの中からコインを取り出し置いた。
「今、来たばっかじゃねぇかよ」
 大男は突然立ち上がったスモーキーを非難するように言った。
「時化た話しか聞けなくて気分が萎えてきた。それに二杯目を注文できるだけの余裕もないしな」
 スモーキーは、クラヴィスと大男を半ば無理矢理立ち上がらせた。
「兄さんたち、いろいろ聞かせて貰ってありがとうよ」
 スモーキーは軽い口調でそう言うと、ブツブツと文句を言っている大男の背中を押しながら、店から出た。

「スモーキー、もっと粘れば別の情報を聞けたかも知れねぇのに。奥に座ってた男たち、王都あたりの情報に詳しそうだったじゃねぇか。手配書のことだって、もっと聞けば、誰が手配されてるか判ったかも知れねぇのによ!」
 広場を外れ、仲間が待っている村はずれの農家へ向かう道に出たとたん大男が不満そうに言った。
「ミスったな、スモーキー」
 クラヴィスが、ボソッと言った。
「え?」
「役人を殺して逃亡した鉱夫がいると聞かされた時、スモーキーは、そいつらは、まだ捕まってないのか? と言ってしまったんだ。あの男は複数だとは言ってないのに」
 クラヴィスがそう言うと、スモーキーは頭を掻いた。
「すまん。つい、な。俺がそう言った時、奥の男たちのうち一人が、それに気づいたんじゃないかと思う。あれ以上、突っ込むとかえって怪しまれた。あいつら農夫とは思えないな。クラヴィス、お前の席からは、連中がよく見えてただろう? 何か気づいたことはなかったか?」
「そうだな……。視線が気になった。連中も何か探ってる感じで」
「何ィ? まさかスイズ兵とかじゃねぇだろうな?」
「たぶん違うだろう。戦いに勝っても、このままじゃ秋の収穫もろくに望めず、国土は荒れる一方だ……と言っていた。正論だ。他の物言いにしてもスイズのやり方に不満を持っている風だったろう? ただの好奇心の強い人夫ならいいんだけどな」
 スモーキーの意見に、クラヴィスは頷いた。
「ともかく仲間の所に急ごうぜぇ。明日は日の出前に発たないとな。さっきの連中に見られたくねぇしな」
 スモーキーたちは、すっかり暗くなった夜道を村はずれへと急いだ。
 翌朝、まだ開けやらぬうちにスモーキーたちは出発した。そして日が上がりきった頃、山間部とはいえなだらかな畑が細長く続く、のどかな一帯に入った。
「ひでぇな……」
 と後方を歩いていた鉱夫が呟いた。何人かの者たちも同じように頷く。
「あの……何が酷いんですか?」
 リュミエールは、いたって平和に広がっている緑を見渡して尋ねた。
「お前……バカかよ」
 その鉱夫は、吐き捨てるように言った。その言われ方に、リュミエールは一瞬、目を見開いた後、彼を睨み付けた。
「そんな言い方はないだろう? 私にもわからん。何が酷いのだ?」
 クラヴィスは、鉱夫の肩をグイッと掴み言った。とたんに悪くなったその場の雰囲気を察知したサクルの父親が、二人を諫めに入る。
「よせよせ。お前らは元々、農夫だったから判るんだ。クラヴィスもリュミエールもそうじゃないから判らないんだよ」
 穏やかな口調でそう言われると男は、チッと舌打ちした後、項垂れた。
「確かに俺は農夫だ。こんな荒れ地を見てついカッとなっちまってな……。すまなかったな、リュミエール」
「いいえ、いいんですけれど……」
 リュミエールは、この草原のどこが荒れ地なのかまだ理解できない。
「ここは畑だよ。本当なら作物が秋の収穫を待ってなきゃいけないんだ」
 サクルが、リュミエールを見上げて言った。
「雑草が生えるままになっている。見ろ、あっち半分はちゃんと畑になってるだろう? 本当なら、ここら辺りもそうなってなきゃならんはずだ。男たちが徴兵に取られ、人手が足りなかったんだろう。勿体ねぇ……」
 リュミエールとクラヴィスは、もう一度辺りを見渡した。
「もう、いい。先を急ごう。地図によるとここを抜けたら頃合いの小川があるはずだ。そこで一息つけるぜ」
 スモーキーは、鉱夫とリュミエールの背中を押し歩くように促した。小川があると聞いて、ゼンとサクルが喜びの声を上げると、ようやく皆の間にも、和やかさが戻ったのだった。しかし、その小川には、先客が待ち受けていた……。

■NEXT■

 聖地の森の11月 神鳥の瑕 ・第二部TOP