第八章 蒼天、次代への風

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 南部の村を出たジンカイトとスモーキーたちは、三日の後に、王都にほど近い小さな村はずれに辿り着いていた。他の村からも同じように王都を目指している連中がおり、最終的には百人、二百人の単位でスイズ王城へと嘆願に向かう手筈になっている。彼らは、その仲間と合流すべく崩壊寸前の小屋に隠れつつ、外の状況を伺っていた。皆を小屋に入れた後、街道を行く郵便配達人のふりをして馬を駆り、偵察に出ていたジンカイトが、渋い顔をして戻ってくると、たちまち男たちが、彼を取り巻いた。
「街道にスイズ兵が多くなってる。この先の村から明日、三十人もまとめて徴兵されて連れてかれるみたいだ」
 ジンカイトは、ふうと息を継ぎ、その場に座り込みながら言った。
「一度にそんなに?」
「余所の村で聞いたんだが、十四の子どもまで集められたらしい。衛生兵らしいが」
 それを聞いた男たちがざわめき始めた。
「どういうことなんだ?」
「徴兵の年齢が十四まで引き下げられたんだ。特に大柄な者は、それ以下……十二歳でも良いと公布している。食うや食わずの生活をしている農家では、口減らしの為もあって行かせる家もあるそうだ」
「十二って……僕と同じ歳だよ」
 サクルが驚いてそう言うと、皆の視線がいっせいに集まった。さほど小柄というわけではないが、体全体はまだほっそりとしていて頬や肩の線は、あどけなさが残っているサクルがそう言うと、その公布がいかに異常なことかよく判る。
「いくら大柄な者が集められたって……十二だぞ……」
「この時期に働き盛りの農夫が徴兵され、今度は子どもだ……先の事を考えちゃいない……」
 男たちとの呟きが次第に大きくなり、露骨に怒りを露わにし出す者もいる。
「静かにしろ、皆、落ち着け!」
 ジンカイトが、一喝するとその場はなんとか治まったが、皆、ぼそぼそと口々に不満を言い合っている。
「なあ、ジンカイトさんよ。この戦い、スイズ優勢と聞くが本当の所、どうなんだ? 俺たちは教皇庁管轄地の鉱山にずっといたから、スイズ国内の様子もあんまり詳しくないし、戦いの事も噂でしか知らねぇしな」
 大男が、鉱夫たちの意見を代表するように言った。
「優勢なのは確かだと思うが、思ったよりは戦いが長引いているのかも知れない……。私も前線の様子は噂でしか知らないし、遠く離れたダダス国の軍がどれぼとの勢力があるものか実際の所、判らないんだ」
「ルヴァ、あんたダダス大学にいたんだろ? どうなんだよ、ダダスの軍の強さとか知らないか?」
 大男は、ルヴァに問いかける。
「そうですね……。ダダスは大国ですが、スイズほど財政力があるわけではないようです。国政も王族だけが仕切っているわけではなく、長老院からなる議会が握っており、穏健派が多数を占めます。軍といってもスイズのように、貴族の子弟を長にし強固に組織されたものでないと聞きます。何かあった時にだけ借り出される民兵がほとんどですが、ダダスは民の力が強いんです。国土がスイズほど平坦ではなく、砂漠地帯や山岳地帯も多く含みますから、それらを開拓する為には、その土地の人間が率先していかないとどうにもなりません。地方の領主と民同士の結びつきも強い。自分たちの土地……という意識が強いのではないでしょうか? それに、戦いの場は、ルダですからね。ダダスからルダは近いけれど、スイズは、教皇庁管轄地を越えてルダやダダスにまで兵を送っていますから……その道中の負担 が大きいでしょう」
 温和なルヴァの口から、静かにそう語られると納得するものがあり、皆は深く頷いた。
「今、スイズは、質より量……そう言った感じで兵を集めている。一気に兵を送り込みカタを付けようとしているんじゃないのかな……」
 農夫たちの間でもリーダー格の男が、ジンカイトの横で呟いた。ジンカイトは、地図を広げ説明し出した。中央に、スイズ城が書かれており、その回りが王都である。王都に入るためには、河を越えることになる。その手前に幾つかの点在する村々を彼は指し示す。
「そんな感じがする。ただこちらにとっては好都合かも知れない。各村ごとまとめて徴兵しスイズ兵が引率して、戦地へと送り込んでいる。その為、王都自体の警備が手薄になっているように思う。王都付近の駐留軍が、それに借り出されているようなんだ。幾つかある検問所に誰もいなかった からな」
「スイズ王城の警備はどうなってる?」
 誰かの問いかけにジンカイトは首を振った。
「そこまでは判らない。城までは近づいてないんだ。警備がどうなってるか判らない」
「通常なら、表と裏にある門前広場に衛兵がいるだろう……その数は……今は、どれ程なんだろうな」
 スモーキーは、かって見たことのあるスイズ城の記憶に頼って呟いた。だが、それは、遥に昔のことであり、ダダスとの緊張した関係もまだ無く、至って平和だった頃の事だ。城の警備兵もお飾りのようなものだった。

 その時、ルヴァの後にいたリュミエールが口を開いた。
「裏と表に百騎づづです。三十前後の衛兵が三交代で警備しています。王都周辺には東西南北に四つ警備隊が配置されていました。けれどそれは、この戦いが激化する前、去年の夏の話です。今年の新年頃の状況では、ダダスとの戦いを優先するために、四つの警備隊の半数以上を、東の……つまり管轄地からルダへの地域に移したと聞きます。ダダス以外にスイズに攻めてくるような国はありませんから、東の地域の警備だけを強化すれば良かったんです。ですから、王都と城自体の警備は確かに、今、手薄にはなっていると思います」
 リュミエールが、はっきりとそう言うと、皆が一瞬、押し黙った。大男もジンカイトも、まるで見知っているかのように城の警備について語ったリュミエールをまじまじと見つめた。
「あ……あ、あの、ルダに駐留していたスイズ兵と親しくなって、聞いたんです」
 慌てて付け加えたリュミエールを庇うようにスモーキーが、咳払いをし、ジンカイトの広げた地図を、大きな仕草で覗き込んだ。
「ともかく、それはいい情報だ。この王都の目前にある河を越してしまえば、城までは半日もかからない距離だから、他の村から来るという仲間と合流できれば、その数で城の衛兵を上回れるだろう。百人、二百人単位で、広場で抗議すれば、王の耳にも届くだろうし、教皇庁にすぐに連絡が行くだろう」
 スモーキーの回りにいた男たちが頷き合う。
「合流地点は、この王都の目前に流れる河の手前……」
 ジンカイトは、地図のその一点を指さす。 
「夜通し歩けば明日の朝には辿り着けるが……」
 その気はあるか? と言うようにジンカイトは回りの男たちを見渡した。
「行こうぜ。街道に役人が多くなってるなら、夜のうちに動いた方がいいだろ? サクル、ゼン、歩けるよな?」
 大男が言うと、サクルは素直に頷いたが、ゼンは、ソッポを向いた。
「ガキ扱いするなよ。オレに聞くなってーの、アンタよか足が速いの、知ってるだろ? オレの足なら、まだ暗いうちに余裕で着けるぜ。なんなら先行して走ってこようか?」
 ゼンが口を尖らせて言うと、ジンカイトが、「それはいい!」と叫んだ。
「本当に足が速いなら、偵察の為にも先行してもらえると助かる。お願い出来るか? ええっと、ゼン?」
「まかしとけって! 地図、貸してみ」
 ゼンは得意気に、地図を覗き込むと、河までの道を確かめようとした。すると、農夫側から男が立ち上がった。 
「よし、俺も行くぜ、俺も足には自信がある。王都までの道なら、なんべんも荷物を運んでるから判ってる。ゼンって言ったな、ついて来い」
「よし! よろしくな、オッサン」
「オッサンはないだろ? 俺は、マヴィス。歳は二十九だ」
「ほとんどオレの倍じゃん、めちゃめちゃオッサンだよ」
「チックショー」
 さっそく意気投合した明るいゼンとその男の様子に、皆の緊張が解ける。
「ゼン、調子に乗るなよ。慎重にな」
 さっそく出て行こうとするゼンに、スモーキーは、声をかけた。
「うん。いよいよだもんな。教皇庁もすぐだ。オレ……ホント言うと、ちょっとメゲてたてんだ……。ホントにオレたちの訴えなんかちゃんと教皇様とか聞いてくれんのかなって。でも、農夫の人たちの話も聞いてさ、苦しんでるのは鉱夫だけじゃなくて、皆もだって目の当たりに見ただろ? それでさ、なんかこう、えっと……」
 上手く言葉に出来ないゼンの頭を、スモーキーはコツンと叩いた。
「判った判った。お前の気持ちは。同じさ、俺も。皆も」
「うん。へへ……えへへ」
 頭を掻きながらゼンは、照れくさそうに笑うと、表へと飛び出して行った。
「さあっ、俺たちも王都へ向かうぞ」
 スモーキーが叫ぶと、男たちが一斉に「おう」と声を上げた。ルヴァとリュミエール、それにクラヴィスだけが、無言のまま、それぞれの想いを胸に秘めて、荷物を肩に提げた。

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