第七章 光の道、遙かなる処

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 闇の守護聖であると言ったその人物の見た目は、セレスタイトよりは、やや年上程度の若さで、腰の辺りまである長く緩やかに波打つ銀色の髪をしていた。整った顔立ちとだけ言ってしまうには安直すぎるほどに、強い意志を感じさせる顔をしていた。その体躯は、細いが均整が取れており、微妙に色合いが違う白の薄絹を何枚も重ねた長衣の上に、銀糸で手の込んだ刺繍の施された緋色のローブを纏っていた。
 夕刻の薄暗い部屋の中にあってもそのことがはっきりと判るのは、その人全体が、清らかな淡い光の靄に包まれているからだった。教皇と皇妃が、倒れているセレスタイトを見ても尚、その人物に声をあげて警備兵を呼べなかったのはそのせいでもある。
 威厳や高貴……そう言った形容は総てが彼の為にあるように教皇たちには思えていた。誰に傅くこともないこの大陸の最高の地位にいる自分が、見た目の年齢は自分の息子ほどの彼に、何の躊躇いもなく床に平伏せることが出来るほどに。
 彼は教皇をじっと見つめた後、フッ……と軽い微笑みを投げかけた。
「微かに私と同じ闇のサクリアの気配を感じる。そなたが教皇だな」
 教皇は、黙ったままさらに深く頭を垂れた。そして「闇の……サクリアと仰せに?」と控えめに尋ねた。
「うむ。そなたの裡にあったものをこの地では何と呼んでいた?」
「聖地よりのお力……と呼んでおります」
「この宇宙は、女王陛下のお力と九人の守護聖によって保たれている。そのことは、伝わっているか?」
「いいえ、人数までは。過去の記録には、数名の……としか」
「光、闇、地、夢、炎、水、風、鋼、そして緑……それぞれの守護聖の持つ“力”をサクリアと呼ぶのだ。私は闇のサクリアを持っている。
闇のサクリアは、安らぎをもたらす力だ。その範疇には、死……をも含むがな。教皇よ、そなたたち歴代の教皇が持っていたものは、この私のサクリアと比較すると、ごく僅か。この大地だけ影響を及ぼす程度のほんの一欠片だ」
「サクリア……の欠片……」
 彼の言葉に教皇は背筋が寒くなった。欠片……それだけでも充分に辛かったのだ。あの“悪夢”に苛まれる時。目前のこのお方のそれはどんなにか凄まじいものだろうか……と。
 そんな教皇の表情を見て取ったかのように闇の守護聖は、言い放つ。
「“悪夢”は見たか? 教皇よ。だが、そなたのそれと私のサクリアを比べるでない。欠片ではないサクリアの力は、そんな“悪夢”ごときに苦しむものではない」
 言葉だけみれば不遜な言い様ではある。だが、そうとは感じさせぬ彼の、この地の住まう人々とは決定的に違うオーラが、教皇をさらに平伏させる。
「だが、実は、たまに辛いときもあるものよ」
 その姿とは似つかわしくないような闇の守護聖の苦笑いに、教皇の緊張が少し解けた。と同時に、セレスタイトの事と、そして何故、このお方がここに存在しているのかと言った疑問が心に溢れてくる。その事を口に出そうとした瞬間、傍らの皇妃が、先に言葉を発した。
「あ、あの、失礼したします。セ、セレスタイトを、息子の具合が悪いようです。医師の元に連れて参っても良いでしょうか?」
 この場にとんでもない人物が存在している……その事よりも皇妃にとっては、自分の腕の中で、ぐったりとしている息子の方がやはり心配なのである。体の暖かみや、僅かに瞼が動く様から、命が途絶えているのではないのと、衣服や頬についた血糊がどうやら外傷によるものではないのは判っていたが、一刻も早く医師の元へ行かなくては……と皇妃は、教皇の言葉を遮るという無礼を冒してまでもそう言った。
「母者よ……医師の元に連れて行ってもその者の命は助からぬ」
 きっぱりと闇の守護聖は言った。皇妃の体が揺れた。セレスタイトを抱え込んで座っていなかったら、そのまま倒れ込んでしまったかも知れない。
「今日明日ということではないにせよ、近いうちにこの者の命は尽きるだろう。恐らくはそなたたちの医学ではとうてい治せぬ悪性の腫瘍によって」
 その言葉に教皇と皇妃は、声すらも出ず、ただじっと闇の守護聖を見つめた。
 
「だが……聖地でならば治せる」
 凍り付いたように虚ろになっていた教皇と皇妃の瞳が、瞬時にして元に戻った。
「おお。そ、それでは、セレスタイトをお救い下さる為に、いらして下さったのですね!」
 そう言うと教皇は、床に顔をつけんばかりにまた平伏した。
「誤解するではない。この地にあって死を迎えようとしている者はこの者だけではあるまい? 教皇の息子というだけで特別扱いを期待するのか?」
 冷たい言い様ではあったが、罵るようなものではなく、しっかりと諭すような口調だった。
「も、申し訳ありません」
 教皇は、顔を上げられないままである。闇の守護聖の言ったことは、冷静になればもっともな言い分だった。
“判ってはいる、判ってはいるが……ならば何故、聖地でならば治せるなどと期待を持たせるような事を仰るのだ?”
「私が参ったのは、教皇の息子ということではなく、この者が特別だからだ」
 闇の守護聖は、呟くような声で言った。そして、ハッと顔をあげた教皇と皇妃を、交互に彼は見つめた。

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