第一章

 

ジュリアス

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 黄金色の袍が、血で染まっていた。その豪華な衣の、ほとんどを埋め尽くしている金糸の刺繍に絡みつくように。天に昇る龍と雲の文様に絡んだ朱色は、花びらの様に見える。目の粗い布に草木の染料で染めたものを着るのがやっとの民たちは、その豪華さにまず目を奪われる。
 そして……その袍を翻して立つ王の、衣装に劣らぬ体躯と金色の髪に、溜息をつく。

「世界は広い……。この地を制してもまだ答えがでない」
 クゥアン国の王ジュリアスは、足下に転がる屍に聞かせるように呟いた。たった今、彼が勝利の雄叫びをあげた、その国の王の屍である。
「もうよい。手厚く葬るように」
 彼がそう言うと、臣下の者が屍を抱え上げて去って行った。血の匂いが些か和らいだ事に、彼の愛馬は安堵したのか、ひとつ身震いすると、低く頭を下げた。まるで、彼に早く乗れと催促するように。軽やかに彼は馬に飛び乗ると、降伏して生き残った兵士たちが、項垂れて幾列にも並ばされている前に、冷ややかな視線を落とした。
「よく聞くがいい、これよりは私がこの地を治める」
 しんと静まり返った大地に風が吹いた。砂煙が天空に舞い上がる。返り血を浴びた王の衣の裾が緩やかに舞う。彼の金色の髪に夕陽が反射して、見る者を圧倒する。そして、誰かが、小さな声で言った。
「ジ、ジュリアス王……ばんざい」
 ひとつ、ふたつ、その声は膨れ上がり、うねりとなって後方の者たちを誘う。やがて、憑かれたように、彼を賛美する声が大地に響く。己の国の王がつい先刻、殺された悲しみや憎しみは村人たちの心から何処かに行ってしまったようだった。 いや元より圧政に苦しんでいた人々の心にはそんな気持ちは毛頭なかったのかも知れない。
 この混沌とした粗野な東の大陸を、ひとつに纏める……その事にどんな意味があるのだろうと、ふと、ジュリアスは思う。金の髪を持つものは、天からの使いとの言い伝えがある。珍しいこの髪がその証であるなら、必ずこの大陸の全てを手中に治めた時に答えは出るはず、と
遥かな山の高い頂
 彼は顔を上げ遠くを見つめた。蒼く澄んだ瞳で、遙か彼方に続く空を。だが彼の視線を、高くそびえ立つ山脈が遮る。その峰々の向こう側には、何があるのだろう? 伝説の西の大陸が本当にあるなら? それを思う時いつもジュリアスは、胸の奥に疼くものを感じる。 彼の胸の裡で熱くなる想い……それは……彼の持つ『瑕』のせいである。けれども、そんなものが自分の中に存在することなど、ジュリアスは知る由もない。