第六章 2

 
 年明けまで後、二日となった夕刻、クゥアン城の門前に来客者があった。跳ね橋が下がり、城に続く道が確保されると、真っ先に出迎えたのは、自分の執務室のある城内の塔から馬に乗って駆けつけてきたツ・クゥアン卿だった。
「これは、これはホゥヤン領主殿、お待たせいたしましたな」
 ツ・クゥアン卿は、衛兵に聞かせるかのようにそう言った。
「いえ。急に参ったのはこちらの方です。どうか、ジュリアス王にお目通りを願いたく。まずは、ツ・クゥアン卿にご挨拶をと。先にお呼び立て致しましたことお許し下さい」
 ホゥヤン領主は、馬を降りて、大仰に一礼した。そして、二人は無言で頷き合った。
「ささ、供の方も、中へ……」
 ツ・クゥアン卿は、ホゥヤン領主一行を促し、再び騎乗するように勧めると、城内に入った。門から離れ、衛兵が見えなくなってしまうと、ホゥヤン領主は馬をツ・クゥアン卿の側に寄せ た。そして、「いよいよだな……ツ・クゥアン卿」と、小声でそう言い、にやり……と笑った。ツ・クゥアン卿の方は、固い表情を崩さないまま、「で、首尾は?」と問うた。
「まずまずだ……」
 ホゥヤン領主は、ざっとこれまでの経緯を説明した。ロウフォンとオスカーの遺体が、まだ上がっていないことをツ・クゥアン卿は懸念した。
「館の外に逃げた気配はない。私がホゥヤンを出たのは、事件翌日の早朝……今頃は焼け跡から二人が見つかっていよう。 たとえ逃げていたとしても二人は手負い、いつものようには動けまい。見張りは、館の回りは言うに及ばず、本宅やそれに向かう道すがらにまで張らせてあるから 、見つけ次第始末するよう指示してある」
「うむ……」
「浮かない返事だな。この後に及んで怯んだか? まあいい。後は私に任せろ。完璧に一芝居打ってやるから。そなたは何も知らなかった風情で驚いておればいい。 それにしても、……走り詰めだったから疲れた……早く茶の一杯でも飲みたいものだ」
 ホゥヤン領主はそう言うと、大きな欠伸をひとつした。
「ジュリアス王を舐めるな。あれは手強いぞ」
 ツ・クゥアン卿は、ホゥヤン領主を窘めた。
「まかせておけ。嘘を付くのは子どもの頃から得意でな。そなたも知っておろう。だから私は、政などいう面倒な事をうまく逃れて、視察の名目で他国をあちらこちらと気ままに旅してきたのだ。そなたの屋敷に世話になっていた時が一番、面白かったな。やはり、クゥアンは大国だ。何をして遊ぶにも良きものが揃っておったわ。おお、そうだ、今宵あたり五元盤をどうだ?」
 それを聞くとツ・クゥアン卿は、眉を顰めた。
「余裕だな。だが、そなたの話が終わった後の方が、大変になるのだぞ。それにそなたも、すぐホゥヤンに戻らねばなるまい」
「酷な事を言う。せめて戻るのは明日の朝にさせてくれ」
 懇願するようなおどけた仕草で、ホゥヤン領主がそう言っても、ツ・クゥアン卿は、表情を崩さず前を見据えていた。
“もう後戻りはできぬのだから……”
 手綱を握りしめる手に力が入る。彼の目に、ジュリアスのいる主塔が映った。

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