第五章 7

 
 泉の館は、両領主と丁度、中間の距離にあった。ロウフォンの本宅からは、馬を走らせればわずか半時間ほどの場所である。ホゥヤンの都の中にあるとはいうものの、王城とその城下に広がっている商業地域からは、外れた林や田畑の中にあり静かな場所だった。その庭には、良質の水が湧く泉があり、小さな池に繋がっている。それを中心に整えられた庭園と館は、こぢんまりとしているが、整った印象を与える。ロウフォンは、妻の使っていた奥の間だけをそのままに残し、後の部分は、迎賓館のようにして使用していた。
 泉の館に着いたロウフォンとオスカーは、先に来て控えていた部下たちと、館の管理をしている夫婦や下働きの女たちに出迎えられた。挨拶を済ませたオスカーは早々に奥の間に入り、ロウフォンは、両領主を迎える為の用意をしに居間に入った。
 亡き母が使っていた奥の間は、元のままで、綺麗に掃除されていた。オスカーは、病気療養中の母が日中、ずっと腰掛けていた懐かしい長椅子にゆったりと座った。そして、持参した帳簿や資料を開け 、ロウフォンが既に指摘してくれている箇所を拾い出して照合し始めた。明らかに不審な点が、いくつか見つかった頃、日時計が、領主たちがやって来る時間を告げていた。厨の方からも、昼食を用意しているらしい匂いが 漂ってくる。庭先に人の動きを感じ、オスカーは資料を置いて窓辺に向かった。見るからに上等の長上衣を来た小太りの男が、供らしき者三名を従えて歩いてくるのが見えた。それをロウフォンが、出迎えている。
“あれはクゥアン領主だな……五年前に逢ったことがあるが、ずいぶん太ったな……よっぽど弛みきった生活をしていたか……。それにあの長上衣の刺繍ときたら豪華すぎやしないか、なんてでかい指輪をしてるんだ……”
 遠目からでも、衣装の豪華さが目に付いていた。地方へ領主として派遣された者は、やはり何処かで気が抜けるらしく太る者が多い。一領地を任されるくらいであるから、ジュリアスから信頼された敏腕な者であるはずだが、中央の目が行き届かないのを良いことに、不正を働く者もいる。その典型的な例であるようにオスカーの目には映った。
“まあ、いい。報告は俺がきっちりとさせて貰うからな”

 オスカーは再び、長椅子に座り直した。それから少し経って、奥の間の扉を叩く音がし、下働きの女が、オスカーの為に昼食を持ってきた。
「ホゥヤン領主殿は、まだなのか?」
 オスカーは女に尋ねた。
「ええ、そうなんでございますよ。向こうから呼びつけておいて遅れるとは失礼だと、ご機嫌が悪くなられて……。仕方がないので、お食事だけ先にお持ちして、ロウフォン様が、場を繋いでらっしゃるのですけれど……」
「大変だな……父さんも……。ああ、ありがとう。美味しそうだな、戴くよ」
 配膳を終えた女が、出て行くと、オスカーは食事に手をつけた。それを食べ終える頃になっても、ホゥヤン領主がやって来た気配はない。約束の時間からは、一時間以上は遅れている。
“待たせることで、自分の地位を誇示しようとしているんじゃないだろうな? せっかくの父さんのお膳立てなのに。くそ、何だか落ち着かん。少し裏庭を歩くか……”
 オスカーは、奥の間から続きになっている裏庭に出た。客が目にすることもないので、物置小屋や、洗濯乾し場もあるような場所だった。母親が、好きな花や野菜などを自ら植えていた小さな花壇もそのままに残っている。それらの生活感のある場所から少し離れると、鬱蒼とした手つかずの庭になり隣接している林へと続いている。

 風はないものの、どんよりとした冬の午後は寒く、散策には向かない。うっかり長上衣を羽織らずに出てきてしまったことを後悔したオスカーは、早々に部屋に引き返そうとした。ふと見た林の方向 の木陰に、馬が数頭繋がれているのが見えた。遠目なのではっきりとはわからないものの、きちんとした鞍を着けてあり、どこかのそこそこには身分ある者の馬だと判る。付近の農家や牧場の馬ではなそさうだった。オスカーは不審に思い、繁った草木に隠れながら、様子を確かめに近づいた。馬の近くの木陰に三人ほどの男が凭れて立っている。オスカーは目を凝らして、彼らの身分を知る手掛かりを探した。ごく普通の長上衣の下から、ちらりと腕に薄緑の腕章が見えた。

“あれは……ホゥヤン王家の旗色だ……ホゥヤン領主が着いたのか? でも何故、裏庭近くの林にいるんだ?”
 オスカーの中で何かがカチリと鳴った。そして、彼の中で、もやもやとしたものがひとつの形になっていこうとするのを遮るように、その男たちに近づいて来る別の者がいた。
「正門は、配置に…………後、数名はこっちに…………から、各自、持ち場を固め…取り囲み…絶対に逃すな……殺せ……すぐに知らせて……合図があったら……」
 途切れ途切れに聞こえてくる言葉に、オスカーは息を飲んだ。
“はめられた? ホゥヤン領主に? 何故だ……クゥアンの配下になっても、父さんは、ホゥヤン王族には、忠誠を持って仕えていたのに…… クゥアン領主に 、騙し討ちに逢ったというのならば、まだ判らないでもない。不正の実態を握っていたことに対する口封じということならば。だが、どうして、ホゥヤン領主が……?”

 愕然としているオスカーの耳に、何かの破裂音がした。と同時に何頭もの馬の嘶きと、怒号のような声が響いてくる。
 

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