第三章 4


 オリヴィエが、身支度を整えた頃には、日はもうかなり高くなっていた。謁見の間に、王や兄、各部隊の将軍たちが集まっていると聞いた彼は、なるだけ誰にも気づかれぬようにそっと、その部屋に入った。
 伝令らしい息を切らした兵士が、報告をしている所だった。
「クゥアン軍は、我が国土に一旦入った後、王都攻めの部隊と、国境警備隊と応戦している部隊との二手に分かれたようですが、只今、王都を目指していたクゥアン軍は、河を渡りきった河川敷にて、我が軍と戦いに入りました」
「よし、加勢するぞ! 父上、出ましょう」
 リュホウは、父を見てそう言った。兵士は、さらに報告は続ける。
「クゥアンの数はおおよそ三百、我が軍は同等ですが、待機している部隊を加勢すれば圧倒的に優位です。やつらが撤退するのも時間の問題かと」
 兵士がそう言うと、歓喜の声があがった。
「我が軍相手に三百とはな」
「縦に長いモンメイの国土を見くびったからだ。各地に点在している都市を鎮圧するのに分散せねばならなかったと見えるな」
 騎士たちは口々に自分の思いを述べた。
「ならば、王とリュホウ様が出られる必要はないでしょう。約半数を加勢に向け、我らが出向きます故、ご安心なされて城にてのおくつろぎ頂いたほうがよろしいかと」
 前列に待機している騎士隊長の一人が言った。
「うむ、では、まかした。儂は、リュホウとともに城にいよう」
 王がそういうと、リュホウは些か不満そうな顔をしたものの、渋々頷いた。
「これは未確認の情報ですがーーーー」
 さらに兵士は声をあげた。
「河川敷で戦っている中に、クゥアンのジュリアスがいるという情報が!」
 歓喜の声が、どよめきに変わった。
「何? ジュリアス自らが出てきたというのか?」
「それだけ我が軍の力が強固であると見た証拠だ」
「では、その場でジュリアスを討ち取れば……クゥアンは滅び、代わってモンメイが!」
 柱の影でそれを聞いていたオリヴィエの体に熱いものが走る。
 “クゥアンのジュリアス……金の髪の王が来ている……このまま河川敷での戦いで、あっさりとジュリアスが戦死するとは思えないけど、万が一ってこともある。どんな人物なのか、生きている彼が戦っている姿を見てみたい……行ってみよう。河川敷ならば、城下町のはずれにある風車塔から見渡せるはずだ”
 オリヴィエは、そう決意し謁見の間を出た。

 下働きの者が着る質素なマントを羽織り、 オリヴィエは、城へ食物を運び込む為の通用口にやって来た。
「オリヴィエ様? そのようなものをお召しになって、どうなさいました?」
 訝しげな門兵に、オリヴィエは、もっともらしく小声で答えた。
「王のご命令だよ……クゥアン軍が迫っているから、隠しておかなければならない大事な家宝があるのさ。すぐに戻ってくるから、ワタシが出たことは誰も言ってはいけないよ 。馬を借りるよ」
 門の間際、木の杭に繋がれた馬の縄をオリヴィエは解いた。荷物運搬用の年老いた馬だったが、それでも歩いていくよりは数段は早い。
「ですが……王の許可が……」
「風車塔の向こうには、決して出ないから大丈夫」
 東は町はずれの風車塔、西は城の裏庭の一本木、オリヴィエに許された行動範囲の目印は、城内の兵士たちにも覚えさせられている。
 オリヴィエが、それ以上は行かない事を告げると門兵は納得し、通用口の門を開けた。城を出ると城下町の裏通りまではすぐだった。通りに人気はない。男たちは城や食物庫の守りに借り出され、女子どもは、戸内に身を潜めている様子だった。
 あまり馬に乗り付けないオリヴィエは、四苦八苦しながらも、裏通りから野原を突っ切り、河川敷の見渡せるやや高台に出た。そこにある風車塔には、管理者である年寄りがいるはずだったが、やはり彼も家に戻っているらしく無人であった。オリヴィエは塔の上に続く狭い石の階段を上がった。遠くから戦いの喧噪が聞こえる。
 見下ろした河川敷では、モンメイとクゥアンの騎馬隊が戦っていた。報告の通り、モンメイの方が優勢には見えていた。モンメイの馬は、足こそ遅いが、皆、一様に太い足をした頑丈な馬で、見るからに細足のクゥアンの馬を圧倒していく。クゥアンは、戦っているというよりは、逃げているといった様子だった。
“ジュリアスはどこだろう?”
 オリヴィエは目を凝らして、戦っている者の中から、金の髪かあるいは、一際、立派に指揮を執っている者を探した。それらしい者は見当たらない。クゥアン軍の先陣となっているのは、頑強そうな体つきの、噂に聞くジュリアスよりはずっと年上の騎士である。オリヴィエはさらに全体を見渡した。 その時、一際、大きな歓声が上がり、その方向を見ると、新たなモンメイ軍の部隊が見えた。先ほど、謁見の間で、報告を受けていた騎士の一群が、加勢に駆けつけたのだった。
 クゥアン軍は数で圧倒され、ますます応戦するよりは相手を交わし逃げ回っている。その動きが……。
“何か変だ……ちっとも攻めようとしていないみたいじゃないか”
 高見から眺めているオリヴィエにはそれがよく判る。少し経って、オリヴィエの視野の角に、ラッパを吹きながら走ってくる者の姿が見えた。
 クゥアン軍の者のようだった。高らかに響くラッパの音に、クゥアン軍は、次第に撤退し始めた。浅い河の中をクゥアンの馬が、逃げていく。
 それを見たモンメイ軍は、勝利の雄叫びと銅鑼を響かせた。モンメイ軍は、一軍となってクゥアンを追いつめていくが、走るのは早いクゥアンの馬は河を越えると、一気に駆けだして逃げていく。

「撤退のラッパを吹いたぞ! 追え! 追え! 一気に潰してしまうのだ、我らの圧勝だ!」
 モンメイ軍の指揮官の声が響いていた。
“違う……圧勝なんかじゃない、あれは……”
 全てを見ていたオリヴィエは呟いた。
“あのラッパの騎士は、どこからか河川敷にやって来て、ラッパを吹いたんだ。それを聞いたクゥアン軍が突然、引き出した。ううん……それ以前から、戦うというよりは、適当に交わしているようにも見えた。クゥアンの武器は、剣も弓もモンメイの物よりは洗練されている風なのに。あのラッパはただの撤退の合図じゃない、この河川敷での戦いは……ただの囮? 別にクゥアンの本軍がいるって事? だとしたら……それは……まさか、もう城へ? さっきのラッパは、城への突入が完了したという合図?”
 その時、遠くでドンッという音がし た。河川敷にいるモンメイ軍は、逃げていくクゥアン軍を追いかけるのと、自軍の歓喜の雄叫びで、今の音には気づいていない。オリヴィエは、背筋が凍りく思いで、振り返った。河川敷とは逆の、城がある方向を……。青い空に、煙が上がっていた。一筋、ゆっくりと上昇する。 そして、下の方から灰色の煙が、沸き出すようにせり上がって来るのが見えた。

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