「嫌だ……」
 俺は思わす呟いた。
「そなた、欲しいのは心だけだと……」
 俺は何も言わなかった。言えなかったのだ。
「オスカー……泣いているのか?」
「はい」
「しっかりせよ。さっきまで楽しげであったではないか?」
「昨日は貴方に一目逢うだけでいいと思った。逢えたら貴方の声が聴きたくなった、愛していると言ってしまったら、俺はもう貴方を離したくない……聖地に戻りたくない」
 聞き分けのない子どものようだと自分でも思った。
「オスカー、では、私と一緒にここで暮らそうか?」
 ジュリアス様は、そう仰るとそっと俺の手をふりほどいた。
「嘘だ、貴方がそんな事を仰るはずがない……誰よりも陛下に忠誠を誓い、聖地を大切にされていた貴方が」
「そうだな……では何故、私にそんな見え透いた嘘をつかせるのだ? そなたは子どものように駄々をこねる。
 そして私に叱られるのを待っていたのか? 甘えるな……」
 ジュリアス様のお声には厳しさはなかった。それはとても悲しそうな声だった。
「もうすぐ日が沈む。館に戻ろう。暖かい食事を用意させよう。その後、ゆっくりと酒を酌み交わしながら朝まで話をしよう。もし、そなたが望むならば……褥も共にしよう。だかひとつ約束して欲しい。明日の朝になったら、そなたは、本来自分がいるべき場所に戻るように……。私も強く生きよう、人として。聖地に想いを残すことなく」
 それは交換条件ではないとわかっていた。ジュリアス様はそんな事は決してされないのだ。俺に対する同情でもない。俺はちゃんとジュリアス様に信頼され、愛されているのだと、確信した。

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