扉の閉まる音がしたとたん、クラヴィスは、目頭が急に熱くなった。 脳裏に、遠い日の出来事が、幼い頃から今までのジュリアスとの記憶が、一枚の止め絵のようになって、何層にも重なっては消えてゆく。
宵闇亭を買い、引っ越してきた初めての夜の事も、クラヴィスは思い出していた。かび臭い屋根裏部屋で、一枚の葉書をジュリアスに宛てて書いた夜更けのことを。
『雲南中路を北に少し入ったところに店を構えた。住まいもそこだ。いろいろと今まで世話になった。ありがとう』
ジュリアスに書いたはずのその葉書は、結局、ジュリアスではなくセイント家の執事の名を記して投函してしまったのだった。
"あの時も私はお前に礼の言葉を言えなかったな……"
クラヴィスは、壁に凭れて一筋の涙を流した。悲しみと悔しさと恥ずかしさと……様々なものが混じった涙を。
外の雨は、豪雨に変わっていた。いつもは音楽と人の話し声が、満ちている宵闇亭の中に、その雨の音だけが大きく響いていた。
終 劇
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