さて、オリヴィエが、巴里、午前11時の青空を、パンの耳を口の中に残したまま見上げていたその頃、上海は午後六時。
黄浦園から北へ外白渡橋を渡って少し入った所にあるビリヤード店、美美と書いてメイメイと読む……は、開店時間を、一時間過ぎても客が、まったくなかった。
昼過ぎから降り始めた雨が、豪雨へと変わり、止むいっこうに気配がないのだ。 主の美美……当人曰く、この名前は源氏名で、性別は男性……は、突き出た腹の前にキュー立て、一本づつ丁寧に磨き込みながら、溜息をついていた。
「あ〜、暇アルネ。それに、この雨……こんな夜はいっそうもの寂しいアルヨ……ああ、憧れの夢(モン)サン、元気にしてるアルカ? 夢サンに逢いたいヨ……去年のクリスマス、愛の告白すればヨカッタね……。夢サンの巴里行きが 、ショックで捨ててしまったのが悔やまれるヨ、あの愛の詩集……」
そう呟いた彼……は、その後、思い切り大きなクシャミをした。
「うう、誰かウワサしてるアルカ?」
F・I・N
美美撞球場……について
『水夢骨董堂細腕繁盛記1』 P49〜参照
web ; 同 冬の章・二節中頃あたり 参照