そして、夏は過ぎ、街路樹が色づく十月の末の巴里……。
仕事を終え、帰宅したリュミエールを、オリヴィエが興奮した様子で出迎えた。
「オスカーから手紙だよ〜! ちゃんと速達で!」
「何て書いてありました?」
「んふふふふふ〜」
オリヴィエは後手に隠してあった封筒をパッと取り出した。
「まだ開けてない。二人宛てだし、リュミエールが帰ってくるまでと思って」
「律儀にありがとうございます。わたくし、着替えながら聞きますから、読んで貰えますか?」
リュミエールは、上着を脱ぎ、洋服ブラシを手に取った。
「うん、じゃ……」
オリヴィエは、封を切ると、オスカーからの便りを開いた。
「愛するリュミエール、とオリヴィエへ。……なんか微妙にムカツク書き方……二人とも元気か? 俺は元気だぜ。こっちもようやく涼しい日々が戻ってきて、ホッとしている所だ。季節はもう秋、心地よい風が、ロマンチックなデートへと俺を誘うぜ」
「相変わらず、ですね」
リュミエールは、苦笑しながらネクタイを外す。
「上海は変わりないぜ。お前たちもルヴァもいない街は寂しいが、俺を慰めてくれる姑娘(クーニャン)たちは引く手あまただ。四馬路の夜は、俺の心の中では、明けないぜ 。……何言ってんだか……」
オリヴィエの読み方が、だんだんぞんざいになってくる。
「おっと……すまない。調査の件だったな。まず最初に、その巴里の貿易商の弟に逢いに行ったのだが、あいにく、香港に買い付けに行って留守だったんだ。それで先に、別紙の通り、数々の骨董店に聞き込みに行った。……別紙? ああ、これだね。どこもよく知った名前の同業者だったとこだよ 。ふうん、やっぱり、一応は探偵だね」
ズラリ……と店の名前が書かれてある用紙を、オリヴィエはテーブルの上に置いた。リュミエールが、スボンのベルトを外しながら覗き込む。
「ところが、これと言った情報は掴めず、結局、その弟の帰りを待って聞いてみたんだ。水夢骨董堂の名を語り、取引を持ちかけてきた 男というのは、お前たちとは似ても似つかない中年男で、一度、壺を取引して以来、連絡は取れな くなったらしい。本当にそれしか知らないみたいだったな。あらら……そうかあ」
「捜査は行き詰まり……ってとこですか?」
「ううん、そうでもないみたいだよ。……だが、これであっさりと諦めるような俺じゃないぜ。俺は、トラップを張ってみたんだ。外国からのバイヤーたちが出入りしている店に潜り込み、身なりの良くない三流そうなバイヤーたちに、通常の流通ルート外で、何か良い出物がないか聞いて回ったんだ。すぐに亜米利加に帰らなきゃならないので急いでると、言ってな。ほほう、やるね、オスカーったら」
部屋着に着替え終えたリュミエールが、オリヴィエの側に腰掛ける。
「それで、どうなりましたって?」
「待って、二枚目に渡ってる……。翌日、案の定、敵は、食らい付いてきたぜ。一人の男が声を掛けてきた。素人の俺にも、良いものだっていうのは判る壺を持ってな。俺は、亜米利加に帰ったら転売するつもりなので、上海の骨董屋で買ったという証拠になる領収書が欲しいと持ちかけると、渋々だが、出しやがったぜ、水夢骨董堂の名の入った領収書をな」
「やりましたね、オスカー」
「うん、やるときはやる男だと思ってたよー……。もちろん、その場で、即、シメてやったぜ。奴さん、俺のモーゼルに 、ビビって……あれ? 最新型のブローニングにしたんじゃなかったの? ははぁ、さては生活が苦しくて、質に入れたね?……って脱線、脱線。えーーっと、すぐに白状しやがった。壺は地方の商家の蔵から盗んで来たものだったんだ。正規ルートには当然出すわけにもいかず、どこの骨董屋に売りつけるにしても足が付くとヤバイ……っていうんで、外国人ブローカーに狙いを定め、売りさばいていたようだ。ただ領収書があればもっと高値で売れる場合もあるので、最近、店を閉めた水夢骨董堂の名を ちょっと拝借……とまあ、こういう訳だ」「なるほど、そうでしたか」
「まだ続きがあるよ。……水夢骨董堂の名前を語るとロクなことがないぜ、なんたって巴里から調査依頼が来てるんだぜ、大きな声じゃ言えないが、その情報ネットワークは、世界をカバーしている……と脅かしといたから、もう大丈夫だ」
「なんですか、まるで悪の秘密結社みたいじゃありませんか、わたくしたち」
「というわけで、事件は解決だ。じゃ、調査料金は別紙の通りでよろしく頼む……だって。調査料金、取るのか……」
オリヴィエは、ブツブツ言いながら、封筒の中にもう一枚、用紙が入っていたのを引っ張り出した。
「仕方ありませんよ。暑い中、調べてくれたんですもの。それに事件は解決したのですし」
「えー、リュミエール、払うつもり?」
オリヴィエは、オスカーの請求書を睨み付けながら言った。
「もちろん、ちゃんとお支払いしますよ。おいくらって書いてありますか?」
「そぉぉ? オスカー・モートインサイド探偵事務所、特別調査請求書、リュミエールにイッパツ……ってさ」
「…………」