水夢骨董堂……何度、見直してもそう書いてある。伝票の日付は、半年ほど前の4月2日、この日に上海から出荷されたことになっている。

「リュミエール、これって……」
「我慢なりません……この字……。わたくしの字でも、もちろん、貴方の字でもありませんね」
 相当美しくない筆跡に、リュミエールが、こめかみを押さえながら答えた。
「オスカーでもないし、当然、ルヴァでもない。宵闇亭のマスターの字でもないよ」
「ランディやゼフェルだってもっと綺麗な字を書きますよ! わたくしたちのまったく知らない誰かが、わたくしたちの名を語って商売をしていることになります」

 二人の会話を聞いていた貿易商が、困った顔をして慌てて言った。
「おいおい、ウチは何も知らないよ。あんたたちが、こっちに来たあと、同じ名前の店が出来ただけじゃないのかい?」
「でも、住所も同じなんですよ。四川中路1925号」
 リュミエールは、伝票の住所の部分を指差した。

「同じ場所を誰かが買い取ったとかじゃないのかい?」
「そんなことをしそうなのは、カティス……緑氏っていう金持ちくらいのものだけど、それだったら、手紙で誰かがワタシたちに教えてくれるはずだし、こんな殴り書きのサインなんかしないと思うよ。見栄っ張りだもん、すっごく 立派な印 を作らせるはずだし、マトモな字を書くちゃんとした事務員なりを雇うはずさ」
 オリヴィエの説明にリュミエールも深く頷いた。

「弟さんにお尋ねするのが一番早いと思うのですが、ご協力願えませんか?」
 リュミエールは、穏やかにそう言ったが、貿易商は、とんでもない……と言わんばかりに、顔の前で両手を振った。

「でも、こっちはちゃんと代金を払ってるんだし、リュテスさんとの取引もとっくに終わってるんだ。今更、何か判ったとしても、何の関係もありませんよ! 弟に調べさせろなんて言わないで下さいよ! 言葉だって、まだ不自由なのに一人で頑張って仕入れてくれてるんだから。さあ、もう帰ってくれ!」
 貿易商は、面倒なことは御免だとばかりに、反対に怒りを露わにしだした。
「判りました。では、ご主人、この伝票をお貸し願えませんか? 知り合いに調べさせます」
 リュミエールが、それまでの温和な表情から、目の据わった顔で、有無を言わせぬ態度で、その上、とても低い声で、頭一つ分背の低い貿易商を見下ろすようにしてそう言うと、貿易商は、ムッとした顔になり、半ば怯えながらファイルから伝票を引き抜いた。

「そ、その伝票はもう要らないから。何か判っても知らせに来なくてもいい。とにかくウチとは無関係ということだ。まったく、とんだ来客だ。帰れ、とっとと帰ってくれ」
 貿易商は、ぶつぶつ言いながら、二人を追い払う仕草をした。その態度に、カチンと来たオリヴィエは、「こっちだって被害者なんだよ? そんな言い方ないぢゃない? 何もアンタの会社が悪いって言ってるわけ ぢゃないのにさ」と、突っかかった。
「オリヴィエ、よしましょう。ご主人、もう来るなと仰るならこれきりに致しますが、すぐに弟さんに便りを出して、この顛末をお伝え下さい。それだけはお願い致します」
 リュミエールは、きっちりと頭を下げて、事務所から出て行く。

“冷静そうに見えて、リュミエールってば、相当、キてるよ……”
 オリヴィエは、そう思いながら、リュミエールから、すっかり忘れ去られている茶葉の包みを持って、彼の後に続いた。

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