さて翌週の水曜日。上手い具合にお互いの休日が重なったこともあって、オリヴィエは、リュミエールに、アランとミレーヌに教えて貰った古本屋に行ってみない?と誘った。
 蚤の市で手の入れた本に、オリヴィエと同名の署名があったうえに、どうやら上海と関わりのある本らしいと判り、リュミエール自身も気になっており、二人は朝から、ルピック街にあるというアルフォンシア書房へ行くことにした。
  地図によるとその書店は、オリヴィエとリュミエールのアパルトマンからは、さほど遠くない。モンマルトルの丘へと続くルピック街には、様々な店が建ち並び、リュミエールもオリヴィエも日々の買い物に、時々来る場所でもあった。

「そんな古本屋さんありましたっけ?」
 アランに描いて貰った地図を頼りに二人は歩き続ける。
「ルピック街って言っても広いしねえ。いつも行くお店からもっと北のほうだと思うよ」
 オリヴィエは、リュミエールの少し後をキョロキョロしながら歩いた。
「んーー、リュミエール、ちょっと後、見てみなよ」
 何気なく振り返ったオリヴィエは、先に行くリュミエールの服の裾を掴んで言った。
「なんですか? あら……」
 振り返ったリュミエールの目に、今し方歩いてきた町並みとその奥に、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの風車が見えた。
「絵に描いたような巴里の図だろ?」
「本当に。この前、オスカーら送った絵葉書の写真、ここからのものだったんじゃありませんか?」
「あ、ホントだ。へぇぇ〜」
 二人はしばらくの間、ぼうっ……とその風景を見た後、例の古本屋へと急いだ。真っ直ぐだった道が、左へと曲がっていく。生活臭のある八百屋や魚屋、肉屋などが少なくなり、住宅街へと入っていく。リュミエールはこの辺りにゴッホのアトリエがあったはずだと落ち着きなく辺りを見渡した。

「画家なの? その人。万年風邪ひきみたいな名前だねぇ。はいはい、それはまた今度……地図だと、もうすぐみたいなんだから……あ、あった!」
 オリヴィエは、それらしい店を見つけ指さした。店の前には、木箱に入れられた安い本が無造作に出してあり、剥げたかけた緑色のペンキの扉の向こうに薄暗い店内が続いている。お約束のように眼鏡をかけた頑固そうな主が、顰めっ面をして本を読んでいる。主は、オリヴィエとリュミエールが、入ってきてもチラリと見ただけで何も言わない。オリヴィエは、“リュミエールが 話してよ”と、いうように彼の背中を押した。

「あの……この本のことでお尋ねしたいのですが?」
 リュミエールは例の本を取り出して、この店のマークがよく見えるように差し出した。
「何かね? ウチのマークが入っとるが、ページ抜けがあったとしても、返品はお断りだよ」
「いいえ。この本をこちらに売りにいらした人の事をお聞きしたくて」
 そう言われて、主は、リュミエールから本を受け取った。
「こりゃ先週だったか、蚤の市に、甥っ子が持ってったものだなあ。甥っ子も本屋なんだ。ヤツが、蚤の市に出るときは、いつもついでに何冊か置かせて貰ってるのさ 。それでマークを入れて甥っ子の店の本と区別できるようにしてるんだ。ま、もっとも甥っ子の店の品は、こういう版画や写真集ばっかりだけど」
 主は、自分の胸のあたりに手を置いて丸みを出す仕草をした。
「なるほど……それで、オリヴィエが、この本を、たまたまついでに、目に留めたんですね。オリヴィエが、蚤の市で、書籍の店を、ひやかすなんておかしいと思っていました」
 リュミエールは、ピクッと片眉だけを上げた。
「えへへ〜」
 と、オリヴィエは、笑いで誤魔化した。
「こりゃ、アレだな、どっかの画家が持ってきた本だなあ。ええっと……」
 主は引き出しから台帳を取り出し、調べ始めた。
「書名までは控えちゃいないが、一月ほど前に、十冊ばかり持ってきたんで買い入れたものだよ。服に絵の具がついてて、抱えて持ってくる時、一番上の本が汚れて、文句言ったから間違いない」
「その方、上海に行ってたなどと仰っていませんでしたか?」
 リュミエールが、そう言うと、唐突に思えたのか主は首を傾げた。
「さあ、知らないよ。気になるならに行ってみな、ほら、ここ、住所」
 主は、台帳に書かれた彼の名前と住所の欄を指さした。
「アブ……ルポワール通り……? リュミエール、知ってる?」
「ぶどう畑の手前の辺りなんだが、わかるかい?」
「ああそれなら、なんとなく判ると思います。近くまで行って判らなかったら誰かに聞いてみます」
 リュミエールは、そう言うとオリヴィエと共に店を出た。
 

next

   水夢骨董堂TOP このお話のTOP