二週間前……。

 俺は、堯サンという中國人を訪ねた。訪ねたというのは大袈裟か。堯サンの部屋は、俺の事務所兼住居のあるファイヤービルヂィングの中にあるのだから。俺の部屋は三階で彼の部屋は四階だった。
 ボロいビルだったが、阿片の密輸絡みの事件で半殺しにあった上、屋敷に放火されて全てを失った俺にたった一つ残されていたのが、仕事部屋にしていたこの雑居ビルの部屋だった。
 新聞社も辞め、僅かに残された金が尽きたら亜米利加に帰ろうとゴロゴロしている所を、親身になってくれたのが堯サンだった。数カ国語を操れる堯サンはフリーの記者をする傍ら、探偵の仕事をしていた。その堯サンの勧めもあって俺はこうして探偵家業をしているワケだ。
 同じビルの三階と四階に住んではいても、最近はそれほど行き来があったわけじゃない。俺も結構仕事が舞い込むようになっていたし、堯サンは本業の記者の仕事で香港に行ってたらしい。堯サンは土産の美味い酒があるからと俺を自分の部屋に誘った。そして実は頼みたい仕事があって……と話を切り出した。

「探しているのは、この男なんだ」
 堯サンは一枚の写真を俺に見せた。一見強面風で、顎や眉に意志の強そうなところが見受けられる東洋人の三十そこそこといったところの男が写っていた。
「なんだかおかしな写真だな?」
 俺は堯サンに言った。その写真の男は白いシャツを着ているが、取って付けたようだったのだ。「ああ……これは合成したものだろう。つまりこの男の身分を隠す為にな」
「軍服か?」
 俺は、もう一度写真を見た。
「写真の男の首から下が加工されている。とすれば襟元の紋章や階級章を隠す為としか思えないが」
「是」
 堯サンは短くそう言うとその写真を側にあった極上茉莉花茶(ジャスミンティ)の缶にしまい込んだ。
「堯サン、なんだってそんなトコに書類入れてるんだ?」
「ファイルに、綴じるのは事件が解決した後だ、続行中のは、この茶の缶に入れる、極上はいい仕事って事だな。ま、缶の中なら火事になっても焼けずにすむかもと思って」
「ははは、堯サン。金庫を買えよ」
「番号を直ぐに忘れちまうんだ、私は数字に弱くて」
 堯サンは茶の缶を棚に戻しながら話を続ける。

「私も依頼主から詳しくは話してもらっていないんだ。ただこの男を探してくれとしか。実は私にこの仕事を回してきた男は日本人の探偵でな。さる筋から仕事の依頼があったが、中國人の出入りする所に入り辛いからと協力してくれと」
「なんだ、堯サンが俺へ頼んだのと一緒の理由じゃないか、たらい回しだな」

「まぁそう言えばそうだが、仕方ないじゃないか、上海ではテリトリーというものが決まってるんだからな。で、ここから先は私の推測だ。この男は日本の軍人らしい。何かの事件に巻き込まれて行方不明になったようだ。それには、国民党か共産党か、とにかく抗日闘争運動家が絡んでいるように思う。私に仕事を頼んで来た男は、そういう連中の出入りするようなところで、この写真の男が捕まっていないか探ってくれと言ってるんだ」
「で、俺はどういう所を当たればいいんだ?」

「四馬路の場末にあるクラブを二、三軒当たって欲しいんだ。中國人お断りの西洋人相手の店なんだが、そう言っておいて地下では怪しい動きをしているという噂の店があるんだよ」
「お安いご用だ」
「この仕事は結構、報酬がいいんでね。なんとか食いつなぐ為にもいい情報が欲しいんだ。香港で女に入れあげちまって一文無しなんでね」
 堯サンは、照れくさそうに白髪の混じった頭を掻いた。

「たかが人捜しに高報酬とはよっぽどの要人なのか。その行方不明の男」
「大きな声では言えないが、私は少尉以上の人物と見たな。雑魚ならば探偵まで雇ってコソコソ探させるような事はしないだろう。軍部の連中も独自に動いてはいるらしいけどな、なにせ城内あたりに拉致されているなら日本人も迂闊に入り込めんからな」
「依頼主は日本軍か……メンツがあって大っぴらに動けないのか……」
「あくまでも私の予測だ、口外はするなよ」
 堯サンは口元に一差し指を置き眉をしかめた。
「わかってるさ」

 それから俺は、別の仕事の合間に堯サンに言われた四馬路のクラブで探ってみたが何の情報も得られず数日が過ぎた。


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