1927.9.8 Wednesday 緑グループ本社・社長室 |
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緑グループ本社ビルの受付嬢は、素晴らしくプロポーションの良い美人の西洋人だった。 “んーー、ワタシ的には、もうちょい可愛らし系の方が好みかな。美人過ぎて鼻持ちならないや……” と思いながらオリヴィエは、愛想笑いを浮かべてカティスへのアポなし面会を頼むと、既に話が通ってあるらしく、あっさりと彼女は「オリヴィエ様、どうぞ」と最上階へと続くエレベーターに誘ってくれた。 「よう、オリヴィエ。よく来たな。そろそろじゃないか、と思って 、ウチのミス上海の受付嬢には言い渡してあったんだ。オリヴィエって名の美形が来たら、俺の恋人だからすぐ通せと」 満面の笑みを浮かべてカティスが出迎える。 「あのね、アンタの軽口はもう沢山。それに、帰りにちゃんと否定としく」 むぅぅ……としながら、オリヴィエは、初めて入るカティスの社長室を、グルリと見渡す。美楽園とは違い、清廉潔白な雰囲気の漂う、きちんとした社長室に、オリヴィエの心も幾分和らぐ。 「さっき来たよ、アイツ……」 オリヴィエはそう言いながら、勝手に深々としたソファに座り込み、さきほどのことを話した。 「ふん、思ったとおりだったな」 「おまけにアイツってば、ワタシとリュミエールを今度オープンするダンスホールの綺麗どころとしてスカウトしたんだよ」 「何だとぉぉぉっ。あのいまいましいダンスホールのかっ。まさか、受けたんたじゃないだろうなっ」 カティスは、吸おうとしていた葉巻を思わず落として立ち上がった。 「……週末の夜だけなら……どうしようか……なあ」 「やめとけ。どうせすぐに潰れる店だ。俺が潰す!」 カティスの目が据わっている。 「ねえ、アイツ、ソッチの趣味があるみたいだよね?」 オリヴィエが煽るように言うと、カティスは、一瞬オリヴィエから目を逸らした後、首を振った。 「いや。そんなはずはないと思うが。昔、香港で一旗あげると、上海から出て行った時も、女と駆け落ち同然だったから……」 「ふうん、じゃ、ワタシの声につい反応しただけか……な」 ここぞとばかりにオリヴィエは言う。 「どういうことだ?」 「水晶玉を持って店を出て行こうとするから、縋ってやったのさ。こう手を握って、旦那様、もう……お許しを……って。そしたらヘナヘナッと腰が砕けたからその隙に玉を取り返し……」 カティスの手の中で、新品の葉巻がバキッと真っ二つになった。一本の値段は、オリヴィエたちの食費半月分はするような高級品である。 「殺す……、いますぐ殺す。簀巻きにして黄浦江に浮かべてやる」 「これ以上、ワタシの為に罪を重ねるのはやめて……ってシャレになんないよ」 オリヴィエは、ふざけたさもりだったか、実際、それはある意味、事実でもある。二人の間に妙な沈黙が出来、気まずくなりかけた瞬間、カティスがスッと立ち上がり、フッと笑った。 「ただ殺すだけでは飽き足りん。身ぐるみ剥いでこの上海に二度と戻って来られないようにしてやる。ともかくシッポは捕まえたんだ。ジュリアスたちにも報告しないとな。一緒に行くか?」 「そうだね。オスカーの怪我の具合も気になるし」 とオリヴィエが答えるや否や、カティスはデスクの上のインターフォンを押した。 「俺だ。表に車の用意をしておけ。すぐに降りる。あ、行き先は蓬莱国迎賓館だ。目立ちたくないから地味な方の車にしてくれ」 カティスに後について玄関先に出たオリヴィエは、そこに停まっているピカピカに光る黒塗りのロールス・ロイスに目を剥く。 「どこか地味なんだか……」 「同じ車をジュリアスも持ってる。特注のシボレーよか地味だ。しかし、あの車も買い換え時だ」 「ええっ、まだ新車同然なのに、勿体ない……」 「孫とヤツも同じ特注のシボレーで、色違いにしやがったんだ。黄色だぜ、皇帝の色のつもりでいやがるんだ。笑わせる。ああ、忌々しい。腹が立つ」 二本目の葉巻も折りそうになっているカティスだった。 |
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