1927.8.30 Tuesday
オスカー・モートインサイド探偵事務所前

 城内で老女から水晶玉を託されて五日が過ぎた。いつもは三日と開けず顔を出しているオスカーが店にやって来ないことを、オリヴィエもリュミエールも気にしだした。
「仕事に遠方に行くのなら、言って行くでしょうし……。女性の所に入り浸るにしては長すぎますしね……」
「まさか、バン……」
 銃を撃つ素振りをしたオリヴィエを、リュミエールが睨み付ける。
「縁起でもない。大丈夫だとは思いますけれど、もしかしたら夏風邪にでもかかって倒れ込んでるかも。わたくし、買い物がてらちょっと様子を見て来ますね」

 リュミエールは、水夢骨董堂を出て、北へと向かう。南京路を通り越して、次の通り、ファイヤー・ビルヂィングという四階建ての古い雑居ビルがあり、その三階にオスカーの事務所兼、住居がある。オスカー・モートインサイド探偵事務所と書かれた扉の隙間に、新聞と何かの請求書らしい郵便物が突っ込んである。数日は戻っていない感じだった。両隣に何か心当たりはないか尋ねてみようかと振り返ったリュミエールは、階段から上がってくる男の姿を見た。
「よう、お兄さん、オスカーってヤツの知り合い?」
 派手なアロハシャツ姿のいかにも、その筋の手下風な若者の姿に、リュミエールの眉に皺が寄る。そういえばこのビルに入る時、入り口の近くで煙草を吸っていた男だとリュミエールは思い出す。
“……にしても、何故、こんな男がオスカーのことを?”
 いやな感じにリュミエールは咄嗟に嘘を付く。
「いいえ。ツケを払って貰いに。お留守みたいですね? もしや行き先をご存じでは?」
「そりゃ、こっちが知りてぇぜ。今日で三日も張り込んでるのに戻って来やしねぇ」
「張り込んでる? 何かあったんですか?」
 思わず声が上擦ったリュミエールは、ハッとして「借金、踏み倒されたんじゃないかと……心配です」と付け加えた。
「知らねぇよ。オレも雇われてるだけで。ともかく、そのオスカーってヤツはここにはいねぇし、チラッとも戻って来た気配もない、まったく退屈なバイトだぜ」
 チッと舌打ちをしてアロハシャツの男は階段を降りて行った。リュミエールは再びオスカーの事務所の扉を見つめた。ノブを引くが予想通り閉まっている。そして鍵穴から中を覗いて見た。正面のソファの上に書類や衣類が散らばっている。あきらかに荒らされた跡だった。何者かが、鍵を開けて部屋を荒らした後、そうとは気づかせぬように再び鍵を閉めて出たのだ。
“一体、何が……?”
 リュミエールは、その場を離れた。さっきの男が階下の階段に座り込んで、暇そうに新聞を読んでいる。リュミエールを見ると彼は「無駄足だったな、お気の毒サン」とふざけたように言った。
 

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