1927.8.25 Thusday
 水夢骨董堂

「結局……引き受けてしまいましたが……」
 水夢骨董堂に戻って来た三人は、店に入るなりハッと我に返った。リュミエールが脱力したようにそう言い椅子に座り込む。
「ワケがワカラン……暑さのせいもあってボーッとしちまって」
 オスカーは、赤毛を掻きながら壁に凭れる。
「いやだ……ワタシたちってば狸にでも化かされた?」
 オリヴィエは、店内に貼ってある魔よけの札を見て拝みながら言った。
「俺もそんな気がする……きっとそうに違いない」
 オスカーは溜息を付く。
「こんな街中で狸なんていませんよ」
 リュミエールがそう言った後、三人の間でやや沈黙があった。オリヴィエは、ポケットの中から、例の水晶玉を取り出した。
「そんなに価値があると思えないんだけど……」
「俺もそう思う。こういう事には疎いが、大きさも大したことないし、透明なのがいいんだろ? これ中にキズだらけだぜ?」
「そうですね。虹色は綺麗ですけど。高価なお品には見えません……」
「蓬莱国迎賓館のパーティ会場に飾ってあるヤツなんかこれの三倍はあって傷もないぜ」
 三人は困り顔で、目の前の水晶玉を見つめた。
「なあ、仮に、婆さんの言うとおりに渡すとしたら、どっちにする?」
「そりゃジュリアス様だろ。あのおばあちゃん、上海の未来を託せるような人物と言ったんだよ? 裏家業もお盛んなカティス……緑水晶なんかより」
 オリヴィエは当然だと言わんばかりにジュリアスを推す。
「そうでしょうか? 確かにジュリアス様は、清廉潔白なお人柄ですし、セイントといえば世界に名だたる財閥ですが、やはりここは中國ですから、英吉利人のジュリアス様よりも、緑水晶氏の方が良いかもしれません。裏家業のことにしても、毒をもって毒を制すと言いますし」
 リュミエールの意見に、オリヴィエは口を尖らせるが言い返せない。
「オスカーはどう思います?」
「俺はジュリアス様のお人柄も財閥の総帥としての手腕も尊敬している。だけど、リュミエールの言うことにも一理あるよな……う〜ん」
「……って、真剣に考えてる。結局、渡すの? あのおばあちゃんの言う通りに?」
 オリヴィエが言うと、オスカーとリュミエールは、気乗りしない顔をした。
「ねぇ、あのお婆さん、少し妄想癖でもおありになるのではないでょうか? こう言ってはなんですけれど、もしかして、その、ちょっと……」
 惚けてるのでは……とリュミエールが言葉を濁して言うと、オリヴィエも、オスカーも納得したように頷いた。
「でも、まあ、部屋もきちんとしてたし、身綺麗にされてましたけれど、暑さのせいもあって、少しぼうっとされていたのかも知れませんね」
「かもな。じゃ、やっぱり返そうぜ、コレ」
 水晶玉を布で包み込むとオスカーが言った。
「賛成」
「よし。じゃあ、あっち方面についでもあるし、明日か明後日にでも行って返してくるよ」
 オスカーは、立ち上がると、襟元のネクタイを締め直し、上着をヒョイと肩に掛けた。
「ふう、スッキリしたぜ、さあ、頑張って、もう一仕事だ」
「これからまだお仕事? お疲れ様」
 外は明るいが、時計の時刻は五時になろうとしていた。
「リュミエール、お疲れ様だなんて言わなくていいよ。仕事ったって、何の仕事が判ったもんじゃないよ〜。オ・ト・ナのお付き合いってヤツかもよ」
 フフンと笑ったオリヴィエに、オスカーは、「ビンゴ!」と明るい声で叫ぶと、ウィンクと投げキッスを二人に送り帰って行った。
 

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