サクリア仮面2外伝・放たれたもうひとつの呪縛

 うららかな午後の日差しが差し込む、聖地、集いの間。定例の報告会の終わりをジュリアスが告げると、ゼフェルが真っ先に立ち上がった。
「じゃ、ま、そーゆーことで」
 そそくさと退室しようとする彼を、ジュリアスが制した。
「いましばらく待て」
「何だよ。会議は終わりって今、言ったろーが」
 ゼフェルは、ジュリアスを睨み付けながら、渋々座り直した。
「これは守護聖としての執務とは別件なのだが……」
 と些か小声になりながらジュリアスが言った。

「ジュリアス様、別件、と言いますと?」
 オスカーの問いかけに、ジュリアスは、ルヴァに視線を移した。
「あ〜、私が説明しましょう。実は、トムサ・ルマクトーの件なんですが……」
 ルヴァが切り出すと、その場に一瞬、緊張が走った。 城塞島での一件では、誰もが怪我をし、後少し脱出が遅れていれば、取り返しの付かないことになっていたのだ。

「あのですねぇ〜、トムサの墓に彼の亡霊が出没している……という噂があるんですよ〜」
 その緊張は、ルヴァの発言で一気に崩れ去った。
「何かと思えば、幽霊騒ぎなのぉ? ワタシはまた残党どもが、何かをけしかけて来たのかと思ったよ〜」
 オリヴィエは、拍子抜けした声をあげた。
「おいおい、トムサの幽霊ってマジな話しなのかよ?」
 ゼフェルは、面白そうにルヴァに尋ねた。
「どうやら本当のような、違うような……あ〜、わかりません」
 ルヴァの煮え切らない様子に、ゼフェルは苛立つ。
「どっちなんだよっ」
「ゼフェル、実際にルヴァが見たわけではないから確証が取れぬ……と言うことだ。ただ噂によると本当の事のように思う。夜な夜な、墓に出ると言う。毎夜、 墓の周辺一帯の電灯が急に切れたり、風もないのにドアが閉まったりしていると言うのだ。ポルターガイスト現象というものだな」
 ジュリアスはそう言うと、腕を組み、ゆったりと椅子に座り直した。

「確か、トムサは、死の間際に、ジュリアス様とクラヴィス様のサクリアを浴びて改心したのでは? それなのに成仏できずに現れるとは……」
 リュミエールは、心配そうに呟いた。
「うむ、もっともだ。……マルセル、トムサを一番最後に見たのは、そなただな。改めて聞くが、その時の様子はどうであったか?」
 ジュリアスは、あの時の事を正確に皆に伝える為、マルセルに尋ねた。

「はい、隣の部屋で気を失っていた僕が、焦げ臭い匂いや煙に気がついて、ドアを開けると、クラヴィス様とジュリアス様が倒れていました。トムサは壁際で膝を抱えて放心状態でした。僕はお二人のすぐ側で、ゼフェルの作ってくれた【どこでも次元回廊】を使って、聖地への道を造りました。次元回廊を閉じる間際、空間の歪みから、火の勢いがさらに強くなってしまって、トムサに声を掛けた瞬間、天井の一部が落ちてきて……彼を助けられませんでした……」
 マルセルはそこで、俯いた。
「トムサの死は、マルセルのせいじゃないよ、仕方なかったんだ。元はと言えば、自分のアジトに爆弾を仕掛け破壊してまで、俺たちを殺そうとしたヤツが悪いんだから」
 ランディは、マルセルの肩に手を置いて慰める。

「私が思うに……。トムサは、光と闇のサクリアによって改心し、それまでの行いを悔い、新たに人生をやり直そうと決意していたのかも知れませんね。なのに、死んでしまった。今まで自分がやってきた悪行を詫び、始末を付ける事も出来ずに……だから成仏できないのではないかと思うのですが……」
 ルヴァの説明に、皆は頷いた。

「トムサの死については、自業自得と言えども、救いきれなかった我々、守護聖……いやサクリア仮面にも責任がある。その亡霊騒ぎが本当だとすれば、彼の御霊はきちんと鎮めてやらねばならぬ……と思うのだ」
 ジュリアスはそこで、オスカーに尋ねた。
「オスカー、そなた、亡霊というものを見た事があるか?」
「いや……俺は、まったくないですね。霊感体質ナシです」
 ジュリアスは、次ぎにリュミエールに尋ねる。
「では、リュミエールはどうだ?」
「はい、わたくしは見たことがあるというよりは、せいぜい気配を感じる……程度でしょうか……」
「そうだねぇ、ワタシも見たことはないか……な」
 オリヴィエは、どことなく曖昧に答えた後、アンタたちはどうなの? と言うように皆を見渡した。ランディとマルセルは、ぜんぜん……と言いながら手を振る。ゼフェルとルヴァも同様の反応だった。ジュリアスは頷き、 ムッツリと腕を組んだのままのクラヴィスを見た。
「そなたはどうだ、クラヴィス、見えるのだな?」
「フッ……問うまでもないことだ……」
 見えるのが当たり前……と言うようにクラヴィスは答えてしまってから墓穴を掘ったことに気づいた。

「決まりだねぇ、ご苦労さま、クラヴィスぅ〜」
 オリヴィエは、ニヤリと微笑みながら、クラヴィスにVサインした。
「あの……でもクラヴィス様お一人では……。せめて、感じることの出来るわたくしも一緒に……」
 リュミエールはおずおずとそう言い、ジュリアスとルヴァを見た。
「いや、そなたには不向きであろう。トムサの霊が出るのは、深夜の墓地、すなわち暗闇の中だからな。そなたの青銀色の髪は、霊にとっては、まばゆすぎるのではないかと思う」
 ジュリアスがそう言うと、リュミエールは安堵したような、困ったような顔をした。
「じゃ、アタシや、ジュリアスもダメだね、マルセルもね。ゼフェルもダメだねぇ」
 オリヴィエは各々の髪を見ながら言う。
「ランディもだ、未成年の者を深夜に出向かせる訳にはいかぬ」
 ジュリアスは、キッパリと言った。
「では、俺が参りましょうか。見えぬ体質ですし、深夜の墓地とは気が進みませんが、まだこの髪の色なら、まだしも闇夜に溶け込みやすいのでは?」
 オスカーは赤い髪を掻き上げて、そう言った。
「いや、オスカー、そなたには行かせたくない。危険すぎる……」
「ああっ……ジュリアス様……俺の事をそんなに思いやって下さるのですか……」
 オスカーは感激のあまり、ジュリアスの手を取りそうになる、が、ルヴァがその間に入った。
「あ〜オスカー、あなたに行って戴きたいのは山々なんですがね〜。トムサの墓があるのは、ルマクトー一味に関係した人物たちが葬られている私有墓地でしてねー、主星でも有名な繁華街にあってですね〜」
 ルヴァは用意していた地図を取りだした。すかさずオリヴィエの手がその地図に伸びる。
「なるほどぉ〜墓地の北にはラブホ、東はキャバレー、西は娼館、南はぁ〜、ス・ト・リ・ッ・プ劇場〜、そりゃ、オスカー、アンタには邪心が働きすぎて無理」
「う……」
 オスカーは、言い返せないで握り拳を作った。
「別に事件ということや、何かを頂戴しに行く訳ではない。ただトムサの墓に行き、鎮魂するだけだ。大勢で行くこともあるまい。クラヴィス一人でいいだろう」
 ジュリアスは少々意地悪そうにそう言った。
 

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