『Fortune smile 4』

 ジュリアスが、十七個目のボタンを外し終えたところで、アンジェリークの白い胸がようやく露わになった。その時、ジュリアスは、遠い異星の砂糖菓子を、ふと思い出していた。 
 守護聖になったばかりの頃、幼いジュリアスを気遣い、地の守護聖が視察に行った先で、手に入れて来たものだ。ジュリアスは、それを子ども扱いされているように思い、つい形ばかりの礼だけを言ったが、本当は、その美しい包みにとても心惹かれていた。
 
 光沢ある純白の厚紙に、結ばれた金色のリボンを解くと、今度は銀色の紙で包まれた小さな包みが出てきた。さらに、その中から、とても薄い紙が幾重に重なった包みが現れた。それぞれが、一言で言えば、確かに白色ではあるのだけれど、乳白色であったり、ごく薄く青みかがっていたり、金粉が散らしてあったりする薄紙で、それらが重なり合って、微妙なニュアンスを醸し出していた。 
 
 それらを全部剥がし終えた時に、ようやく小さな砂糖菓子は姿を現した。どんな菓子だったかは詳しくは思い出せない。ただ、その仄かな甘さと香りだけが、ジュリアスの心に残っている。
 
 あの甘さと同じだ……とジュリアスは思いながら、そっとアンジェリークの胸に口づけた。彼女の白いナイトドレスの忌々しいボタンをこれ以上外す気力は、ジュリアスにはなかった。
 
 ”結局、あの菓子の薄紙を破かずに開くことはできなかった……あんなにそっと解いていたのに……”
 ジュリアスは、アンジェリークの上にまとわりついているナイトドレスを引き下ろした。彼女の細い肢体の上を滑るように、そっと。これから始まる儀式を受け入れるために、アンジェリークは身を固くしていたので、それは安易だった。アンジェリークが、小さな震える声でジュリアスに灯りを消して欲しいと言った。ナイトテーブルの上の燭台のごく小さな灯をジュリアスは吹き消す。一瞬、自分たちの輪郭さえ解らぬようになった闇の中で、ジュリアスは待った。目が慣れるのを。抱き合って、ただぬくもりだけが支配する中で、しだいに、曖昧ではあるが、アンジェリークの輪郭が浮かび上がってくるのを確かめると、ジュリアスの手は、柔らかな所に辿り着く。そして、愛おしい切ないひとときが二人の上に流れた。けれどもアンジェリークには、それが寸断される時がやって来る。溶けてしまいそうなほどに、どこもかしこも柔らかだったアンジェリークの体が固くなる。
 ”すまない……”と謝ってしまいそうになるのを飲み込んで、ジュリアスは強引に突き進んだ。自分たち二人が、一番それを望んでいるのを、明確に知っていたから。
 快感に思わず洩れる溜息や喘ぎの代わりにジュリアスは、アンジェリーク……と彼女の名前を呼び続けた。
 


◆◇◆


 むかしむかしあるところに…………。
 アンジェリークという名の女の子がいました……。
緑色の瞳とふわふわした金色の髪が愛らしい、明るく優しい少女でした……。
ただ可愛いだけではなく、彼女は心の中に、どんな辛いことや悲しいことも乗り越えられる強い心、悪い気持ちに負けない正しい心、そしてあらゆるものに対する愛の心を持っていました。この三つの心は、より固く結びついた時に特別の心になるのでした。そしてそれは女王のサクリアと呼ばれていました。
 ある時、この宇宙を統べる女王様のお力が弱まり、アンジェリークが次代の女王候補に選ばれました。こうして聖地に召されることになったアンジェリークは…………、アン……ジェリークは…………。
 
 微かな鳥のさえずりがした。その瞬間、懐かしいスモルニィの制服姿のアンジェリークが、ジュリアスの夢の中で、弾けて消えた。ジュリアスは、ゆっくりと体を起こして、軽く頭を左右に振った。
「アンジェリークは……」
 ジュリアスは、傍らにいるはずの彼女を探した。一瞬、昨夜の事が夢であったように思えて、彼はきつく瞳を閉じた。微かにのこるアンジェリークの香りと、何より裸のままの己の姿が、それを否定している。ならばアンジェリークは何処へ……? と少し考えて、ジュリアスは再び寝具の中に身を沈めた。少し開いたカーテンから差し込む光の強さは、いつも起きる時間をとうに過ぎているだろう……と、わかっていながら彼は、そうした。


 ”きっとアンジェリークは、先に身支度を整えているのだろう、
そうして銀のトレイにお茶を乗せて、私を起こしにやってくる。
彼女は、私の体を揺さぶって起こそうとするに違いない。
軽やかな可愛い声で、私の名前を呼びながら。
その時私は、ゆっくりと目を開けるのだ。
私の瞳に、あの私を虜にしてしまった微笑みが飛び込んでくるまで、
それまでは、今しばらく眠ったふりをしていよう……。”
 

 

-END-
 

年に一度のお誕生月連載で、引っ張ってきましたが、やっと本年にて最終回です。
めでたし、めでたし。

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