『Fortune smile 3』
フォーチュン・スマイル 

「では……失礼いたします、女王陛下」

 ジュリアスは、そう言って私の前に跪くと、手にキスをしてから立ち上がった。
(もう、いじわるなんだからっ)二人きりでいる時は、女王陛下と呼ばないでって御願いしてあるのに、時々、ジュリアスったらわざとそう言うの。私が返事しないと、ジュリアスはクスッと笑った。
「お休み、アンジェリーク」
 そう言い直して、頬に優しいキス。えへへ……って、つい微笑んじゃうのだけど。去っていくジュリアスの背中に溜息が出た。ずっと、このままなのかしら……キスから先はないのかしら……と思うと、ちょっと寂しかった。そんな風に考えちゃうなんて、私ってばいけない?
 ジュリアスが帰った後の私室、さっきまで彼が、お茶を飲んでいたカップを片づけようとすると、ドアをノックする音が聞こえた。ジュリアスが戻って来たのかも知れない……ドキドキしながら扉を開けると、ロザリアがいた。

「あらぁ、ごめんなさいね、その顔は、ジュリアスと思ったでしょ」
(もうっ、ロザリアもいじわるっ)

「さっきそこでジュリアスとすれ違ったのよ。律儀ねぇ、きっかり9時には退室なさるのねぇ。女王陛下になっても門限があるとはねぇ」
 ロザリアはクスクスと笑っている。
「なによう、ロザリア」
 私はふくれっ面をしてロザリアを部屋に招き入れた。

「そんな顔しないの、仕方ないでしょう、陛下の私室にお泊まりするわけには行かないもの。かといって、貴女が光の館にお泊まりするっていうのも、よけいできやしないわねぇ」
 ロザリアはキッパリ言ってくれちゃった。

「お、お泊まりだなんて、そ、そんなことっ……」
「あら、嫌なの? その歳になって、まだ」
 否定できない、耳たぶが熱い……は、恥ずかしい。
「ふん、ロザリアったら大人ぶって」
 私はロザリアを睨みつけた。

「大人、ですもの」
 ロザリアはツンと澄まして言った。ええっ、ロザリア……もしかして経験済? いつ、誰と、何処で〜いやーん、ちょっと、ううん思いっきり口惜しいかも〜。
「そんな目で見ないで欲しいものだわね、恋人がいれば当たり前のことだわ」
「恋人って、ロザリア、いつ出来たのっ。少なくとも女王試験の最中には恋人なんかいなかったでしょっ、ひどいわー、内緒にしていたのっ?」
「恋はプライベート。いちいち陛下にご報告するものでもないでしょう」
 こういう時のロザリアって、いつもにもまして意地悪で、楽しそうな顔してるのっ。

「そうだけど……親友としては一言あって然るべきなんだわ、誰なの、お相手?」
 もう自分のことなんかどうでもいいわ、ロザリアの恋人って一体誰なのよっ?
「もう少し内緒にさせて下さる? お話ししてもいいか、彼に承諾を得たいわ」
 ホントにロザリアったら嬉しそう。

「いいけど……でも……早く教えてね。気になって仕方ないもの」
「ええ、わかったわ。さて、そんな事より貴女たちの事よ。おせっかいだとは思ったけれど、さっきジュリアスに一言、言ってしまったの。お気を悪くされてないといいのだけれど」
 ロザリアは真剣な顔に戻って言った。
「なんて言ったの?」
「いつまでもこのままではアンジェリークが可哀想だって。わたくし、女同士だから貴女の気持ちがとてもよく解るわ。わたくしもそうだったから。彼ったらちっとも行動に出てくれなくて。思慮深いって事を差し引いても、聖地の男性ってどうして、こう奥手……あら、それは置いといて。とにかく……よけいな事だったかも知れないわ、ごめんなさい」
「ううん、いいの。あの……それでジュリアスは……?」
「少し笑ってらした。で、そうだな……って、ポツンと仰ったの。その時、わたくし、よけいな事をしたと思ったのよ。わたくしが言うまでもなく、ちゃんと貴女の気持ちは解ってらっしゃったと思うわ」
「そう……」
「ねぇ、こういうことってタイミングなのよ。だからあまり焦ったり、悩んだりしないで」
「ロザリアの時も、タイミングが上手くあったの?」
「ええ、そうなの。あの時は、急に彼が……ってわたくしの事はいいのっ」

 ロザリアったら、ひっかからないの、つまんない。けれど、ロザリアと話していて、なんだか少し気が楽になった。私にもいつかその時が来るのよね、あんまり遅いと嫌だけど……。


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