『恋のジンクス』


「大変大変……」
 ゼフェルの執務室の前まで全速力で走って来たアンジェリークは、数回深呼吸すると、扉をノックした。

「おう、入れよー」
 と、ゼフェルの声がし、扉を開けたアンジェリークは、息を整えると、平静を努めて挨拶した。

「こんにちはゼフェル様。午前中に伺った時に、あの……本を忘れてしまって……」
 (どうか、ゼフェル様が、本の中を見ていませんように……)と祈りるように、そう言った。

「本? 知らねぇぜ、忘れてったんなら、そこらヘンにないか?」
 ゼフェルは、散らかった机の上を指さした。

「えっと……」
 アンジェリークが、机の上の無造作に置かれた数枚の書類を持ち上げると、薄い小さな本が出てきた。

「あ、ありました。よかった……、お騒がせしました。で、では失礼します」
 アンジェリークは、その本を胸に抱きしめると、心底ホッとした様子で、ゼフェルの部屋から出ていこうとした。だが……。

「あ、待てよ、これから予定あンのか?」
 アンジェリークの後ろ姿に、ゼフェルは声をかけた。

「いいえ、別に。今日は育成も済ませてしまったし」
「なら、ちょっとルヴァの部屋まで付き合ってくれねぇか? 実はよ、午後のお茶ってヤツに誘われてんだけどよ……」
 と、ゼフェルは一旦そこで小声になった。

「ルヴァのヤツが、改まってそう言う時は、説教って決まってんだ。どーもこの間、聖地を抜け出して外泊したのがバレ……あ、ま、いや、別にそんな事はいいんだけどよ。おめーと一緒なら、まぁ、その、なんだ、ルヴァも喜ぶし」

「ゼフェル様ったら……」
 アンジェリークは苦笑しながら、ゼフェルとともにルヴァの執務室に向かった。

◆◇◆

「ゼフェル、ちょっとそこにお座りなさ……」
 ゼフェルが執務室に入って来たのを見ると、ルヴァは少し怖い顔をしてそう言いかけた。だが、アンジェリークが、一緒なのを見ると直ぐさま口ごもった。

「あ〜、アンジェリーク、貴女も一緒でしたか」
「ごめんなさい、ルヴァ様、何かゼフェル様にお話しがあったんですね。私、やっぱり失礼します」
 戻ろうとするアンジェリークだったが、ゼフェルは、そうはさせじと扉を足で素早く閉めてしまった。

「いいえ、いいんですよ。二人とも座って。丁度良かった。異星のお茶菓子が手に入ったものですから〜」
 ルヴァもアンジェリークを引き留めたので、ゼフェルはニヤリと笑うと乱暴に椅子に腰掛けた。

「あ、そそ。おめー、さっきオレの部屋でメモ落としたぜ、え〜なになに……7月12日生まれのカレとの相性占いかぁ……アレ? これってルヴァの誕生日じゃないのか? ええーっ、ルヴァなのぉぉ?! そぉなのぉぉぉ?」
 ゼフェルはポケットから薄いピンクのメモを取りだして、おどけながら読み上げた。

「ゼフェル様、それ、さっきの本に挟んであったメモ……やっぱり見てたのね……返してくださいっ」
 アンジェリークは、必死になってそのメモを取り返そうとした。

「うわ、相性メタボロじゃねぇか、23%だとよ」
 ゼフェルはさらに追い打ちをかける。

「おやめなさい、ゼフェル」
 お茶を煎れようとしていた手を止めてルヴァは、ゼフェルの手からメモを奪い返すと、その紙片をアンジェリークにそっと手渡した。

「私……」
 アンジェリークは真っ赤になって涙ぐみながら俯いた。

「なんでぇ、そんくらいで泣くなっーのっ。……でも、その相性占いな、間違ってるぜ。ルヴァの生まれ故郷での生年を主星歴に変換して計算したほうが正しいんじゃないのかな。それで行くと、相性は悪くないぜ、オレ、計算し直してみたんだ。そしたら70%だってよ。そんなに悪くないだろ、な」
 
 ゼフェルは俯いたままのアンジェリークに向かって気まずそうに言った。アンジェリークは微かに頷いただけで顔を上げない。

「さぁ……お茶にしましょう、アンジェリーク、ゼフェルの事は許してあげてください。ね、私とあなたの相性が悪くないと判ったのですからね」
 ルヴァが穏やかに言うと、やっとアンジェリークは顔をあげた。

「はい……、ルヴァ様」
 そして二人はお互いに微笑み合った。

「なんだよ。なんかおもしろくねーな。おい、アンジェリーク、オレとだったら、ルヴァとよか相性いいんだぜっ、ほら……」
 ゼフェルは、ポケットからもう一枚クシャクシャの紙を取りだしてアンジェリークに見せた。

「相性98パーセントですってスゴイ……」
「だろ? 滅多に出る数字じゃないぜ、ど?」
 ゼフェルはニヤニヤしながら、ルヴァを挑発するように、アンジェリークの肩に手を置いた。

「ど? って……あの……それは……」
 固まるアンジェリークの肩の上の手を、ルヴァはニコニコしながら払いどけた。

「痛ってぇな〜、何すンだよ」
 とゼフェルは口先だけで楽しそうに言う。

「おや、失礼しましたね、ゼフェル〜。アンジェリーク、占いの相性度なんて別にいいではありませんか、ね?」
「はい、ルヴァ様」
 今度は、アンジェリークは大きく頷いた。

「さぁ、お茶をが入りました、あ、茶柱が立っていますよ〜、嬉しいですねぇ」

「またそんな茶柱なんかで喜んでやがるぜ」

「ええ、ええ。だってね、茶柱が立った時は、いつも小さな良い事があるんですよ。私にとっては相性占いよりもよっぽど高確率ですからねー。それに……」
 そこで、ルヴァは美味しそうにお茶を一口飲んだ。

「本当のところ、ゼフェルの方が、私より貴女と相性がいいなんていう占いは、信じたくないですからねー」
 微かな湯気の中でルヴァが澄ました顔をして言った。

「負け惜しみ言ってやがらぁ。普段は占星術は学問のひとつで、侮れないとか言ってやがるくせに」
「まぁ確かに相性度は侮れません。ですから私は……」
 ルヴァはゼフェルを見てクスリ……と笑った。

「相性が良くない分は、親密度を上げようと思います。……アンジェリーク」
 そう言うとルヴァはそっとアンジェリークの手を取った。
それを見てゼフェルは(おおうっ、ヤル気ぢゃんッ)と思ったが……。

「ルヴァ様……」
 アンジェリークは頬を染める。

「……お煎餅です、お茶うけにどうぞ。あなただけにあげましょう」
 恥じらうアンジェリークに、ルヴァは煎餅の小袋をのほほんと差し出す。

「チッ、煎餅で、親密度があがるかよッ」
ゼフェルが鼻で笑う。

「ううん、上がりますよー、二枚入ってるから2%アップしましたー……うふ」
 小袋から二枚の煎餅を取り出しながらアンジェリークが言う。

「メチャメチャ安い親密度。一枚、よこしやがれ、オレ、醤油味の方ッ」
 ゼフェルはアンジェリークから一枚、ひったくった。

「あっ、貴重な1%なのに〜〜」
「あらっ、オレ、ルヴァとの親密度上がっちゃったったかしらぁ〜、ゲロゲロ」
 ゼフェルは囓りかけの煎餅をヒラヒラさせながら言った。

「あ〜ゼフェル、私との親密度が少し上がったところなんなんですがね〜、この前の土の曜日、無断外出しましたね……しかも朝帰り……隠しても無駄ですよ〜目撃者がいるんですからね」
「やば……」
 ルヴァはゼフェルに躙り寄った。

「誰だーっ、チクったのはよぅ〜」
 ゼフェルは慌てて立ち上がると、テーブルの上にあった煎餅の袋を鷲掴みにして、乱暴にドアを開けたかと思うと、あっと言う間に部屋から出ていった。

「あら……行っちゃいましたねぇ」
 アンジェリークは、呆気にとられて言う。

「やれやれ……しかたのない……でもまぁ……静かになりましたけどね。それに、ほら、ね。あなたと二人っきりになれましたよ、茶柱のジンクス、当たったでしょう」
 
 ルヴァは照れくさそうに笑うと、お茶をアンジェリークに差し出した。その指先が少しアンジェリークの手に触れるように、わざと……。

お・し・ま・い

聖地の森の11月 こもれび