「そんな事もあった……な」
 とクラヴィスがうそぶく。
「ああ、そんな事もあった」
 そう言いながらジュリアスは写真を引き出しに仕舞った。

 その時、開け放たれた窓の向こうからけたたましい声が聞こえてきた。オリヴィエがゼフェルの襟首を捕まえて歩いていくのが見える。
「なんだよ、放せよ〜」 「お・だ・ま・り」と叫び合うゼフェルとオリヴィエ。やや離れた所から息を切らせて今にも倒れんばかりのルヴァが待っている。

「騒々しいことだ……」
とクラヴィスは言ったが、以前のようにこめかみを押さえてはいない。
「まったくだ」
 と言うジュリアスの眉間にも皺は寄ってはいない。オリヴィエたちが行ってしまうと、再び、室内は静かになった。

「そなたが初めての口づけの相手だとは、あの者たちには決して知られたくないが……私の中では悪くない思い出だ」
 ジュリアスが苦笑する。
「その程度か……。私の方は、大切な思い出……と言っておく」
 クラヴィスはそう言い、意地悪そうに、にやり……口端を上げて、その場を去った。

 クラヴィスが行ってしまった後、ジュリアスは再び、写真を取り出して眺めた。
 クラヴィスに似た後ろ姿に声を掛け、
 クラヴィスに似た黒い髪に惹かれ、
 クラヴィスに似たはにかんだ笑顔が好きになった。

“私の初恋は、この少女だとずっと思ってきたのだが……どうやら違ったようだ……”

 とジュリアスは気づく。そう思いつつも軽く頭を振って、その考えを否定する。当時の、素直で愛らしいクラヴィスと現在との彼が交錯する。

  やれやれ……というようにジュリアスはため息を付き、午後のお茶を共にするために、クラヴィスの後を追った。

 

END

 

■あとがき■