scene:4 【陽だまりの中で】
   
 建物や木々の陰になっている所ばかりを選んでいるな……と思いながら、クラヴィスは王立研究院から、執務室棟に続く小径を歩いていた。日差しがさほどきついわけではないのだが、ゆるやかに自分が揺れている感覚がずっと続いている彼にとっては、ちょっとした照り返しさえも頭の芯を貫かれるような 不快感があった。

「クラヴィス様ーー」
 クラヴィスが避けて歩いている日差しの中を、まっすぐに走ってくるのはアンジェリークである。

「良かった、行き違いにならなくて。オリヴィエ様が、王立研究院にいらしたと教えて下さったので」
 息をきらしながらそう言い、クラヴィスを見上げて笑う。眩しい……だが、この眩しさは我が身を射ぬ…染みこむようだ…と思いながらクラヴィスは、アンジェリークを見た。

「パスハから報告を聞いていた。私のサクリアを必要としていたようだな、ここ数日、留守にしていた、すまなかった」
「ジュリアス様から伺いました。お体の具合、どうですか?」
「大したことはない」
「オリヴィエ様からも。ここのところ宇宙の均衡がずいぶん崩れていて大変なんだってお聞きしました……」
「大丈夫だ……倒れ込んでしまうほどではない、気分が優れぬ……その程度のことだ」
「そうですか……あの……育成、お願い出来ますか?」
「わかった」
 そう答えてクラヴィスは歩き出したが、後をアンジェリークが付いてくる。
「まだ何かあるのか?」
 と言ってしまってからクラヴィスは、アンジェリークの表情が固くなったことに気づいた。
「あ……い、いえ、別に……。あの、私も執務室棟に行こうかと思って……えっと」
 こんなことなら……とアンジェリークは思う。クラヴィス様の執務室の前で待っていた方が良かったかも知れないと。そうすれば、室内に入り、もう少しは何か話をしながらクラヴィス様の側に居られたかも知れないのに、と。
「そうか……では」
 と素っ気なくクラヴィスは答えながら、心の中で溜息をついて歩き出す。何か気の利いた話でもしてやれればと思うのだが……と。
 自分自身は、背後から聞こえる小さな足音と仄かに漂ってくる何かしら甘い香りが、嬉しくもある。決して私は不機嫌ではないのだ、側にいてくれて嬉しい……と、言葉に出して言えたなら、お前はどんな顔をするのだろう? 心の中で思ったことが都合よく相手に伝われば楽だが、な……と微かに自嘲しながら、クラヴィスは歩いていた。

 そして……、「では、せめて……」と思い立ち、ふと足を止めた。
「とっ……」
 数歩後ろを歩いていたアンジェリークは、間の抜けた小さな叫びをあげて、クラヴィスの背中に当たる直前で止まった。くるりと振り向いたクラヴィスは、彼女があまりに真後ろにいる形になってしまったので、思い切り見下ろす形になった。

「あ……いや、少し、庭園に寄っていかぬ……か? と思ったのだが……」
 クラヴィスの嬉しい誘いに、アンジェリークは、顔を挙げた。水鳥のように延びきった白く細い首筋にかかる柔らかな金の髪に、思わず触れてしまいそうになるのをクラヴィスは堪えた。
  「はいっ」
 と元気よくきっぱりと答えたアンジェリークの瞳に映る、戸惑っている自分の顔が何かしら情けなくて、クラヴィスは溜息をついた。アンジェリークに気づかれぬよう、そっと。
 
 

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