ゼフェルトアンジェリーク

空き缶拾って聖地(おうち)に帰ろう

 焦れば焦るほどオレのナンパは上手く行かない。うんと好みのレベルを下げ、いかにも軽そうな女にしてみても、後一歩のところで、エアバイクの後部シートに乗せるまでは行かない。五人目の女を逃したところで、バカらしくなって、もう声を掛けるのを止めた。
 人通りの多い通りを抜けて、海に続く道にでる。そのまま、まっすぐに飛べば海。通り過ぎていくヨソのカップルのバイクがムカツク。大型トラックはうっとおしい。オレは道路わきにバイクを止めた。何もない、雑草だけがチロチロと生えてやがるよーな、しけた道ばた。夕暮れの海が見えるのだけが唯一の慰め。
 オレは皮ジャンのポケットに入れてあった缶コーヒーを取りだした。さっきナンパの途中で買ったヤツ。

(まったくよう。放っておいても向こうから声が掛かる時もあるのに、今日に限って何でだよ)
 毒づきながら、オレはプルトップを引いた。

「うげ〜、甘〜、不味ぅぅ〜。何が新製法の新発売だ、バカヤロ……」
 何もかも上手くいかない……バイオリズムも、どん底。項垂れてしゃがみ込むと頭上で声がした。

「私には声かけてくれないの?」
 知ってる声だった。知ってる靴だった。白い三つ折りのソックス……ダサイってぇの。 見てたンかな……オレがナンパしてんの……。どうせオレがバックレたって事、ルヴァあたりから聞いたんだな。そして追っかけてきやがったんだな。
 反則ワザの聖地御用達、星の小径ってヤツで、転送一発してさ……。俺だってそうだけどよ。オレの超カッコイイエアバイクの唯一の欠点は、発信器がついてて、オレの行き先がバレバレって事だ。でも、それがオレがエアバイクに乗ってもいいって条件だから仕方ない。

「オレ、ブスには声かけねーの」
 俯いたまま言う。泣くなよ、泣くんぢゃねーぞ……と思いながら。
「言ったわね、私にそんなこと言うと後でひどいんだから」
 目の前の足が、むんずと大地を踏みしめた。

「ヒドイって何がだよ?」
オレはやっと顔をあげて言った。泣いてないって安心したから。
「私が女王様になったら思いっきりこき使ってやるんだから」
「は、あのな。女王ってのは代々、美人でナイスバディで優雅って決まってンだぜ、オメーなんかすげぇ例外!」
「なによう。守護聖様だってね、美形で立派で、上品で背も高いって決まってるのよぅ」
「あ、傷ついた、オレ、すごぉぉぉーく傷ついたね。そうさ、オレ貴族の出でもないしな、乗馬やら音楽やら、そういう金のかかりそーな趣味もないしな、学歴もないし、 おまけに背が低い……オレの星じゃ平均身長なのに。あ〜、これって差別ぅ?」
「なによ……自分から言ったくせに……」
「お前が女王の地位を利用しようとするからじゃん、違う?」

 ……やめとけばよかった……こんな言い方さ……ほら見ろ、最終兵器出しやがった。
「ごめん……なさい……」
 目から水。だからさ、女の涙ってさ、チクショー、弱いんだよ、オレ。

「これ、飲むか? 新製法の新発売、すげーマズイけど」
 オレはアンジェリークの涙を無視して、さっきの缶コーヒーを差し出した。
「うん……」
 ちょこっと飲んだな。
「わー、間接キスぅ〜〜」
「バ、バカみたい〜、あれ? でもこれオイシイよ?」
 ツンと澄まして、それから小首をかしげる ……女にしかできねぇ仕草でさ、可愛くてヤになるぜ。

「ウソ? マズイって」
「ううん、オイシイってば」
「え〜、オレ、混ぜないで飲んだンかな? どれ?」
 オレはアンジェリークの差し出した缶を受け取って飲んだ。
「わーい、間接キス〜」
「チキショーーーッ」
 ちきしょう……バカ……。

「なぁ、週末あたりかな?」
 いきなりかなと思ったけど、オレは呟いた。
「うん……たぶん」
 アンジェリークもわかってる。
「まさかの逆転ってない?」
「ないと思う。ロザリアも応援してくれているもの」
「女王陛下って、ホントに謁見以外では皆に逢えないの?」
「今の陛下とは謁見以外で会ったことない」
「そんなのいやだな」
 ポツリとアンジェリークが言った。

「うん、オレもやだな」
 素直に言葉がでた。

「交換日記とか、……しない?」
 目の前にいきなし、クマとか花柄のファンシーなノートが飛び交うよーな気がした。
「地味な表紙にするってば」
 そしてオレの想像を見切ったように言いやがった。
「オメー……ムチャ言うなよ」
「だって……」
「オレもお前も忙しくなるんだぜ、きっとさ、ウダウダ言ってる時間なんてないんだ。きっと回りもさ、ぜんぜん変わっちまうぜ。女官とかいっぱいいてガードバリバリでさ」

 そう……バタバタしてるうちにさ、こんな気持ちも自然消滅して楽になれるってもんさ……。

「そうかな……なんだか……怖い」
 アンジェリークが、また不安そうに俯く。知ってる、その気持ち。突然、聖地に呼ばれて、城みたいな建物の中に閉じこめられて、様付けで呼ばれて……、何でもあるけど、何もない気分……、夜、目が覚めるとここはどこ? オレは誰? ってなって……。

「怖くねぇって。お前、皆、いるぢゃん。ロザリアやらジュリアスやら、しっかりしたヤツから、リュミエールみたいな優しいのやら、ランディ野郎みたいなノー天気なのとか、それとオレみたくな……オレみたく……カッコよくて、そんで……イイヤツとかよう〜」
 ほら、いつもの調子で、つっこめよ。背中なんかバシバシ叩けよ。

「…………」
 泣いてやがるのか、俯いたまま何も言わない。
「オレ……味方だぜ、ううん……敵なんかいやしないさ、聖地に。それに……いい女王になると思う。オレだって……これでも守護聖だから判る」

「うん……ありがと……」
 やっと微かに頷く声がした。
「女王謁見、あれな、フツー、月に二度くらいあるんだ。毎日しろよ。そしたら毎日逢えるじゃん。な」
「うん」
 ちょっとだけ笑った。頼むよ、元気出してくれよ。落ち込んでるのはお前よかオレの方だぜ。

「風も出てきたし、帰ろうぜ……」
 オレはそう言ってたちあがった。
「うん」
「乗れよ」
 オレは後部シートをポンッと叩いた。ちょっとスカートの端を押さえて、アンジェリークがまたがる。

「おお……パンツ……見えない。ガックシ」
「もおっ」
 アンジェリークの小っこい手が、オレの背中を叩く。よしよし、その調子。

「メット一個しかないから、被っとけよ」
 オレはメットをアンジェリークに被せようとした。
「え〜やだなァ」
「万が一って事もあるだろ、オメー、グズだし落ちるかも」
「だってー、ゼフェルのメット……」
「臭いって言ったらコロス!」
「い、言いません」
「OK。しっかり捕まっとけ」
「うん」

 オレの腰に回したアンジェリークの手は、空き缶をしっかり握ってる。聖地まで持って帰る気? ……近くにゴミ箱ないもんな……。エンジンを入れる前、オレは、体をよじって振り向いた。メットのバイザーの向こうにアンジェリークの目が見える。ちょこっと泣いたから目の下、赤い。

 オレは何も言わずに、メットをアンジェリークの頭から外した。「どうしたの?」と聞いてくるアンジェリークの唇をオレは……ふさいだ。
 アンジェリークの手から空き缶が落ちて、コロコロと転がっていく音がする。

「拾わなきゃ……」
 唇がソッと離れてアンジェリークが呟く。

「あとで」
 オレはまたそっとキスした。

「ゼフェル……か、帰らなきゃ……」
 またほんの少し唇が離れる

「あとで……」
 震えてるアンジェリークの手をオレは握りしめて、キス……。

 アンジェリークの頬が紅い。オレだって紅いかも……。
 その時、オレの腹がグゥ〜と鳴った。

「うっせーなっ、あとでって言ってるだろ!」
 オレは自分の腹に向かって毒づいた。アンジェリークが、笑いを堪えて涙目になってる。バカヤロ〜、オレの腹の虫! 人がせっかく……ま、まぁいいけどよ。

 それから、オレたちは笑い合った。頭寄せ合って。きっと端から見てたら、らぶらぶカップルみたいだぜ…………へへ。

「空き缶……拾ってくる」
 アンジェリークが駆け出す。拾った空き缶を片手に笑ってる。夕日の中で、すっげぇ……いいカンジ。

 これから、一緒にいられる……それだけでも、いいのかも知れない。先の事なんか、もう知らねぇ。そんな事、もう考えない。

 ……俺たちの居場所ってもうあそこしかない。だからさ、帰ろうな、一緒にさ。腹も減ったしさ……。


お・わ・り

聖地の森の11月 こもれび