ザッハトルテが、ウォン親子の熱意に負けた形で、ブレーンとなって半年が過ぎた。実際の所、財政管理部にそのまますんなり入っているよりも良かった……と彼は思っていた。もしそうだったとしたら、入社半年では、上司や先輩たちに気を使いつつ、大した仕事は、まだ任されていなかっただろう、と。ブレーン室では、会議の席では、上下関係はほとんどなく発言することが許された。その内容も、新製品や広報の企画から、人事問題、ランチルームのメニューに至るまでありとあらゆることに渡って発言出来、その意見が良しとされた場合、ウォン総帥直々に該当部門へと正式に進言される
のだ。そして、今、ブレーン室の中では、辺境で開発予定の新・チタングロニウム鉱山の企画で、連日、多忙な日々が続いていた……。
「リチャ兄ちゃん、ちょっと聞きたいことあるねんけど……」
いくら多忙でもザッハトルテは、二時半から五時までは、チャーリーの相手をすることになっていた。その日、ランドセルを降ろすなり、チャーリーはそう言った。
「なんですか?」
いつもの質問攻めだな……と思いながら答えた彼に、チャーリーは神妙な顔をして言った。
「リチャ兄ちゃん、離婚してしもたん? なんで?」
そのことか……早耳だな……と思いながら、ザッハトルテは離婚してしまった事を簡単に説明した。
「ふうん、お互い仕事が忙しゅうてすれ違い。ようあるパターンやね。ゴメンな、お父ちゃん、人使い荒いから、毎日残業ばっかりさせてもうて。僕がリチャ兄ちゃんのボスになったら、そんなことは絶対させへんで。毎日、
ちゃんと定時に帰って貰うからね」
と、父親に代わって、チャーリーは申し訳なさそうな顔をした。将来、それはまったくもって反故されるのだが、この時のチャーリーは本当に心からそう思っていたのである。ザッハトルテは、軽く頷いた。大人同士ならば、妻の方も弁護士として独り立ちが掛かっている時期であるから
、お互い同意の上で……などと話のしようもあるのだが、チャーリーが相手では些かそれは気が進まなかった。ちゃんと話せば話すほど、「弁護士って、どんなジャンルを扱ってるの? 殺人事件とか?」とか「民事って何?」
などと質問攻めにされるのだ。
黙ったままのザッハトルテが落ち込んでいると錯覚した(実際、少しは気が滅入ってはいるのだが)チャーリーは、慰めようとしたのか、ダムが決壊したかのように話だした。
「リチャ兄ちゃん、今日の宿題教えて、メッチャむつかしいねん。あ、その前にお腹空いたなあ。リチャ兄ちゃんもお腹空いた? ほな、一緒にコレ食べへん? 給食の残りのパン、持ち帰ってん。勿体ないやろ。なんぼお金持ちかて食べ物を粗末にしたらアカンねんで。はい、半分こ。よう噛んで食べたら何でもオイシイねんって、お父ちゃんが言うてはった。それで好きな人が側にいて一緒に食べれたら最高の味になるんやて。僕、今、リチャ兄ちゃんと一緒に食べてるからオイシイよ。
寂しい時、リチャ兄ちゃんに新しいお嫁さんが来るまで、僕が一緒にご飯食べてあげるからね
、何時でも言うて。もちろん僕のおごりや。交際ケッタイ費で落とすわ。領収書もらうから。え? ケッタイ費とちゃうのん? 接待費?
え〜、同じ会社の者同士やと接待費とちゃうのん? フクリコウセイ費? ややこしいなあ、もうっ、打ち合わせ代でエエわ。なあなあ、そんなことより、リチャ兄ちゃん、給食のパンが合成小麦粉で出来てる星もあるって本当なん? 貧しいから? なんで
、よその星は貧しいのん? なにが原因で作物がとれへんの? 誰が悪いの? なあ、リチャ兄ちゃん、それでな、リチャ兄ちゃん、リチャ兄ちゃん、リチャ兄ちゃん……リチャ…………」
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