『誰も知らないウォン財閥の社史』


さらに秘密の……番外編・おまけ

シーン1●初出勤

「えーと、彼が、先日、言うてた後任の秘書や。皆に紹介する前に先に、逢わせておこうと思ってな」
 チャーリーは、ジュリアスの前任である、通称七三分け頭の秘書を前に話しを続けた。
「副社長就任を控えて大変やろけど、引き継ぎ頼むで。彼は、この宇宙域の言語のほとんどに堪能なんやけど、えーっと余所の星の生活が長ごうて、そこは貧富の差が激しいので、王侯貴族みたいな暮らしやったんや。そやから、ちょっと主星の一般庶民の生活水準とかけ離れた雰囲気やけど、堪忍したって。ほんだら、ジュリアス様、一応、自己紹介を……」
 いきなり、様付けで呼ばれてしまったジュリアスは、チャーリーの方を白い目でチラリと見た。
「ち、違うやん。ジュリアス様……、そ、そうっ、敬称の様と違うんや。彼の名前は、ジュリアス・サマ言うんや〜〜そうっ、ジュリアス・サマー!」
 ジュリアスは、どうしたものかと困り顔で、チャーリーを見た。と、その時、七三分け頭の前任の秘書が、咳払いをひとつして、落ち着いた声で言った。

 「社長……。見え透いた嘘はお止め下さい。ウォン財閥情報部を舐めてもらっては困ります。この方がどなたであるか、秘書部の皆は、もう承知しておりますよ」
「え? そんなこと聞いてないで」
「新入社員の過去の経歴について云々するのは、どうかと思いますし、社長が、内緒になさっているということは、恐らくは、そういう事に囚われず接して欲しいと望んでらっしゃるからだと解釈しました」
 「お心使い、感謝します。どうぞよろしくご指導お願い致します」
 ジュリアスは、そう言うと、前任者の秘書に手を差し伸べた。
「こちらこそどうぞよろしく、ジュリアス」
 二人が爽やかに挨拶し合う横で、チャーリーが不機嫌な顔をしている。
「なんや、アッサリ、呼び捨てにするなーっ。けど、バレてるんやったら、皆がジュリアス様をどう呼ぼうと、俺はジュリアス様と呼ぶからなー。あ〜、ジュリアス様、コイツになんか敬語使わんでいいですからねっ」
 だが、二人はチャーリーを無視して話しだした。

「そうですね、まず、社長付きの秘書課の連中に紹介しましょう。その後、社内を一通り案内します。終わった頃にちょうど、昼時ですから、ランチをご一緒しましょう。我が社のランチルームは、割と美味しいですよ。午後から、社長の明日の予定の説明と、現在の主な取引交渉先のデータを紹介します」
「いろいろとお世話になります。近々、副社長に就任なさるそうですね。私もなるべく早く仕事を覚えるよう努力します」
「いえいえ、就任は決算後ですから、まだ少し時間もあります。それは、そうと貴方は、BエリアのG-19系統の言語にも通じていらっしゃる?」
「一応、読み書きには不自由しません。発音までは流暢にとはいきませんが」
「それは頼もしい。その地区の語学に堪能なものが秘書課には、いなくて、いつも困っていたのですよ」
「しかし、私の経済的な内容となると役立つかどうか……特に、ここ最近の動きにとなると、聖地とのタイムラグのせいもあって空白期間があるように思います」
「ああ、それでしたら、私のデータベースを、貴方のマシンにコピーしましょう。図書カードも早急に作らねばなりませんね」
「図書室も社内に?」
「ええ、政治経済はもちろん、一般の娯楽書もたくさんありますよ。後で、案内します。」
「それは楽しみだ」
「さぁ、行きましょう、秘書課の仲間も待っています……」
 二人はチャーリーを残して、社長室から去っていった。

「…………なんか……納得いけへん展開……、ふぅ。でも、まぁええか……。さあてと。頑張って働こ!」
 チャーリーは、デスクの上に並べて置いてある祖父と父親の写真立てに向かって、ニヤッと笑うと、ドンッと積まれた書類に手を延ばした。

 

シーン2●後部座席にて

「気をつけるよう、何度も言ったはずだが?」
 取引先からの帰り、チャーリーの専用エアカーに乗り込んだとたん、ジュリアスはムッとした顔でそう言った。
「そやから、つい言うてしもたんやもん、しょーがないやんか」
「社内での事なら、多目に見ている。しかし、取引先の前で、秘書である私の事を、ジュリアス様、と呼んでどうするのだ」
「すぐに、ちゃんとフォローしました。我ながらナイスやった」
「この秘書は、私より威厳があるので、ニックネームで、そう呼んでるんです……が、ナイスフォローなのか?」
「先方も、ごもっともですなぁ〜。こちらの方が社長さんのようだ。わっはっは……と言うてはったやん」
「そなたはウォン財閥の総帥なのだぞ。そういう見方をされて何ともないのか。自覚が足りぬ」
「なんや、ジュリアス様の方こそ、社長の俺に説教してるやないかー」
「そなたの手綱を締めるのも、秘書の役目と思えばこそだ」
「ジュリアス様がエラソーやから、俺かってつい、様付けで呼ぶんや」
「なんだと? わかった。そなたがそう言うなら、秘書らしく、今後一切、何も言うまい」
「フンッ」
「……」

しばし沈黙……。
「この後、確か経団連の会合やったと思うけど……」
「それは明日に変更になったと、おとつい伝えた」
「あれ? そやったか……ほんだら、この後、どこに行くんやろ……」
「エリアCの視察だ、その後、現地の工場長とランチミーティング、その後、エリアCの市長と会談、工場拡大の契約を煮詰める。その後は、市長主催のパーティが……」
「そのパーティ、キャンセルできへん?」
「知らぬ」
「なー、ジュリアス様、そんな辛気くさいオッサンのパーティなんか嫌や」
「市長のご令嬢は妙齢の美人だそうで、そなたとぜひ逢わせたいそうだ。で、参加してくださるように言ってもらえないか……と打診してきたので、ぜひとも勧めましょう……と言っておいた」
「…………ジュリアス様、どついてええ?」
「私にそんな態度をとれるのなら、呼び捨てにするくらい造作もないであろう」
むぅ……いっつも、俺の事、攻めてばっかり。そんなんはベッドの上だけにして欲しいわ」
「そ、そなた、そのような事を。運転手の耳に入るではないかっ」
「後部座席と運転席の間にはシールドはってありますから音声は聞こえません。忘れはったんですか?」
「そうだが、しかし……」
「さらに、このシークレットモードにすると、向こうからはこっちは見えへんし」
 チャーリーはそういうと、スイッチを入れようとした。
「よさぬか、仕事中だぞ。いい加減にせぬか」
 ジュリアスはそれを制して言った。
「ほんだらパーティはキャンセルして」
 チャーリーは、ジュリアスの指に、自分の指を絡めた。
「…………」
「OK?」
「だめだ、今後の取引の事を考えるとパーティには参加するべきだ」
「俺がその美人のご令嬢に口説かれてもエエのん?」
「かまわぬ。そなたもそろそろ身を固めた方がよい年齢だ。その方が、ウォン財閥の為でもある。潔く私は身を退こう」
「……俺、ジュリアス様のそういうジョーダンのぜんぜん通じへんとこ、めっちゃムカツクー。そういう時は、嘘でも、こういうもんや。
”チャーリー、そなたを誰かに渡すなど私にはできぬ”
”ジュリアス様……”
”愛しいチャーリー、どうか私だけの商人さんでいて欲しい”
”わかりました、ジュリアス様、俺はジュリアス様だけに心と体を売る愛の商人さんになります”
"この上なく嬉しく思うぞ、チャーリー……"
”ジュリアス様……” ブチュゥゥゥウ……」
 自分の背中に手を回してキスし合うジェスチャーをしているチャーリーの横で、ジュリアスは濃紺の革表紙のダイアリーを広げた。
 

「………………時に、電気事業部から回っている新製品の企画書の件だが社内でサーチの結果では、まずまずのようだ。それから鉱山の設備投資の件については、向こうの主任に再度、見積もりを出すように指示しておいた。ああ、そういえば、鉱山内の管理について近々厚生省からチェックが入るらしいと情報が……」
「あ、俺の話なんかぜんぜん聞いてない……」
 チャーリーはジュリアスに背中を向けて拗ねたポーズを取った。
「チャーリー」
「はいはい、わかってます。新企画品については報告書を読みました。鉱山の見積もりの不審な点は、チェックして情報部に水面下で探らせてます。それから厚生省のエライさんとは来週あたり食事でも……とプライベートで連絡して口約束してあります。何か情報がはいるかも知れんし」
「さすがだな。根回しは抜かりがない」
 ジュリアスは満足気に微笑む。
「十歳の時からこの商売やってます。知ったはるでしょ?」
 チャーリーは悪戯っぽく笑うと、ジュリアスのダイアリーを取り上げてパタンと閉じた。
「エリアCの工場に着くまで、後十分……プライベートタイムや」
 チャーリーは、そう言うと、シークレットモードのスイッチを押した……。 


『誰も知らないウォン財閥の社史』
番外編・完

 

オレとジュリアスのラヴラヴは永遠やでー

 Thank you for reading.

 



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