『誰も知らないウォン財閥の社史』


さらに秘密の……番外編

 
 ジュリアスに呼びつけられたチャーリーは、恐る恐るジュリアスの隣に座った。これが他に座るところがあるのに、ソファの隣に座れというのならば、甘いことも期待できよう。机の前にある椅子の他は、この大ぶりなソファだけ……とあっては、落ち着いて話をしようと思えば、そこに座るしかない状況である。チャーリーは覚悟を決めていた。もしかしたらもう二度と、ジュリアスと一緒の時の過ごすことがないかも知れないと。
 
「私と深い関係を持つ……ということは必ず、その先に悲しい結末が待っているとわかっているな?」
「時の流れ…………俺は刹那主義と違う……それでも……気持ちは止められへん……」
 チャーリーはそう呟いて、溜息をついた。
「そうだな……」
 ジュリアスが微かにそう答えた後、長い沈黙が訪れた。息が詰まりそうになるその中で、チャーリーは顔を上げて、ジュリアスを見つめた。
(何か、何か言うて欲しい……。なんでこんなに辛そうにしてはんのや……一喝してくれはったらそれで、もういい……あきらめろと言わはるなら、仕方ない……)
 チャーリーの心中を察したようにジュリアスは静かに話し始めた。

「私は物心ついた時から、守護聖であるという自覚の元に生きてきた。いかなる時もそのことを忘れたこともなかったし、守護聖であるということは私の全てである。ところが、そなたの側にいて、話を聞いている時、私は……守護聖であることを忘れている……。そのことが何故かしら心地よいとさえ思う」
 
「俺……俺もです。守護聖様と同じやなんて、おこがましいことやけど、俺は主星にあっては、どこに行ってもウォン財閥の……という形容詞がつく。それは嫌なことではないけど、なんか気ぃ抜かれへんっていうか……。学生の頃の気の許せる友達もいますけど、やっばりそこでも俺は、チャーリー・ウォンなわけやし。聖地では違う……。守護聖の皆さんは、俺がどこの誰かなんか、気にしてはらへんでしょう。それと……俺は……」
 チャーリーはそこで、また少し俯いた。
「小さい頃から大人ばっかりの間で育ちました。親父は俺を何がなんでも跡取りとして立派な企業人にしたがってたし。俺は自然と見本になるような大人を捜していた。親父の事は尊敬してるけれど、近しい分、嫌なとこも見てるし。こういうたら何やけど、あの人ホンマ下品やし。へへ……へ。そんな時、飛空都市でジュリアス様と逢うた。綺麗で上品で、仕事もできる風で……。あの時、俺の見本はこの人にしよう……と思った……。だから……」
 少しの沈黙……。
「そんな風に子どもの時から大切に想ってきた貴方に……」
 チャーリーは、ジュリアスを見つめた。
「俺の話で笑えてもらえて、それで……それから……」
 チャーリーの言葉が続かない。
「こんな話、嫌や……こんな湿っぽいのは……。俺はジュリアス様に笑ってもらいたい、楽しんでもらいたいんや……そやないと、俺なんか……俺の存在価値なんかあれへんやん……」
 溜息をついたチャーリーの肩を、ジュリアスは軽く叩いた。
「ジュリアス様?」
「私たちは似たところがあるようだな。これまで通り、またカフェでお茶を飲み、楽しい話をしよう。ただ、私を楽しませようとするあまり、……その……誘うような事はやめ……」
 「違う。それだけは、違います。俺は自分が本当に……そうしたかったから……。俺、ジュリアスが俺と一緒にいて楽しんでくれてはるのが、一番嬉しい。そやからそれ以上のことは嫌と言わはるんなら別にいいです。けど、俺はジュリアス様の事が、大好きやから」
 チャーリーの声は語尾になるほど大きくなった。ジュリアスは、これほどあからさまに、好意を示されたことはない。大好き……と声をあげてまで、今まで誰にも言われたことはない。
 ジュリアスは、つい、それに応えてやりたくなる。
(そうなのだ……この者は……。先日もそうだった……あんなに不安気に私を見つめた後、瞳を閉じたから、つい、私は口づけをしてしまった。子どもの頃の姿を知っているからだけではない、そう……たぶん……)
 ジュリアスの手がチャーリーの肩に再び伸びた。

(そう……たぶん……私は期待しているのだ。応えてやった後の、彼の飛び切り嬉しそうな笑顔を……。チャーリーが私の笑っている顔を見たいと思うように、私も……)
 チャーリーの肩先に触れたジュリアスの手に力が入る……。ふいに、引き寄せられたチャーリーはバランスを崩し、ジュリアスの胸に飛び込む形となった。

「う……わ……」
 チャーリーは短く叫んだ。
「ジュリアス様……俺……髪がまだ濡れてるから……お衣装が……」
「かまわぬ……私も刹那主義ではない。だが、しかし……、よいな?」

 チャーリーは指先の感覚が抜けていくのを感じていた。

つづく 


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