外伝
10

チャーリーその愛・ジュリアスの敗北

◆3

 ウォンの館に戻ったジュリアスとチャーリー。いつもならプライベートな空間に入ったとたん上着を脱ぎ捨て、襟元をグィグィと広げてネクタイを外して、今にも浴室に飛び込まんばかりになりながら開放感丸出しでアレコレと喋り出すチャーリーだが、やはり上手く言葉が出て来ないらしく、シンミリ……している。
「ジュリアス様、お風呂の前にコーヒーでもどうです?」
「ああ、よいな。飲みたい」
「じゃ、いれますね」
「ありがとう。そなたの上着とネクタイを。クローゼットに戻しておこう」
「はい。ありがと……」
 トボトボ……という表現がピッタリな後ろ姿でキッチンに入って行くチャーリーであった。
 ややあってチャーリーはトレイにマグカップを二つ載せてジュリアスの待つリビングにやってきた。
「美味しいといいんだけど……言葉が戻らないとコーヒーも上手く入った気がしません」
「いつもと同じ良い香りがしているぞ……うん、美味しい」
「良かった……」
「今週は忙しすぎたのだ。それにリチャードから聞いたが、中には未だに、若いそなたのCEO就任をよく思わず、僅かな所作ひとつでも揚げ足を取ろうとしている者がいると。そなたの振る舞いは、本当に最高経営責任者として立派だった。気を抜くことも出来ず辛かったろう……」
 俯き加減で大人しくコーヒーを飲むチャーリーにジュリアスは心からそう思って声を掛ける。
「うう……」
 優しい言葉にジワッときてさらに俯くチャーリー。だが、直ぐさまキッと顔を挙げた。
「ジュリアス様の言葉は何よりの褒美です……ふごふごふご……」
「ん? 何なのだ、ふごふごふご?」
「うう……悔しい……言葉が上手く出ない」
 悔し涙を流しつつチャーリーは口をパクパクさせた。その様子を見てジュリアスは、“ああ……そういうことか……”と理解した。いつものチャーリーなら、言葉の褒美も嬉しいが、出来れば別の形で……などと言いつつ迫ってくるはずである。
「チャーリー。コーヒーを飲んで、湯浴みをしたら……今夜は少しゆっくりくつろごう」「そうですね。今週は忙しくてテレビも見られなかったし、撮り溜めた番組もいくつかあるし……それとも違う意味でゆっくりくつろごうと仰っているなら……それはもごもごもご……」
「ふごぶこの次はもごもご……なのか?」
 ジュリアスはクスッと笑った。
「いいですよ。ふごぶごでももごもごでもジュリアス様が笑ってくれたから」
 拗ねて口を尖らせたチャーリーは、少しいつもの彼が戻ったような気がしてジュリアスは嬉しくなった。
「では……一緒にジャグジーで湯浴みをしないか?」
 意識したわけではないが、低く少し甘い声でジュリアスがそう言うと、チャーリーは「あぅ……」と言って悶絶した。その様はいつもの彼である。
「俺、ジャグジーにお湯を入れてきますっ。超・高速モードでっ」
 残りのコーヒーをガブガブと一気に飲み干すと、スックと立ち上がり、シュタタタと駆けてゆくチャーリーであった。
  

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