◆3
その夜、夕飯が済みジュリアスとチャーリーは、ダイニングルームから、自分たちの私室のある別館のリビングへと引き上げた。
チャーリーは、いつものように食後のコーヒーを淹れ、ソファへと運んでくる。ジュリアスは、テレビの経済チャンネルに合わせて待っているのが常であったが……。
「あれ? テレビは? どーしはったんです? なんや神妙な顔して、座ってはるけど……」
「うむ。少し話がある」
「はい?」
コーヒーカップを乗せたトレイをテーブルの上に置いたチャーリーは、ビビりつつ、そっとジュリアスの横、いつもよりやや距離を置いて座った。
「昼間のことだが……」
とジュリアスが切り出すと 「す……すいません。俺、ホンマにこれからは気ィつけますから……」とチャーリーが先手を打って謝った。
「その件については以降、気を付けてくれればそれで良いのだが、そなたが私に放った一言がどうも気になる。私は仕事とプライベートのけじめだけははっきりとつけておきたいのだ。あからさまな会話や接触に対して苦言を呈しているのであって、多少の事……ごく普通に……手などが触れあう程度では何とも思っていない」
「仰ることはようわかってます。俺、ジュリアス様が大好きなあまりに、ついデレデレと……」
「そなたは昼間も、そうやってよく判ったと言って反省したようであったが、そのすぐ後で、捨て台詞のように私を……ツンドラ男と言ったではないか。私が冷酷な人間だという意味であろう。そうまで言われては聞き捨てならぬ」
ツンドラ
−−主星に置いては、最北地帯一帯に広がる地下に一年中溶けることのない永久凍土が広がる極冠の地のこと。
草木は育たず、僅かばかりのコケ類が生えている不毛の地が、チャーリーの心に浮かぶ。そこに、ひゅるるる〜〜と寒風が吹き…………。
「あ……ツンドラ? ツンドラ……、ツン……デレ? ツンデレ男……ツンドラ男? 」
チャーリーは、ジュリアスの大いなる誤解に、込み上げてくる笑いをグッと押さえ込む。ここで笑うわけにはいかない。
「ジュリアス様、あの……そうではなくて……」
チャーリーは、深呼吸ひとつした後、ツンデレの意味を説く。ジュリアスの固い表情が崩れ、困惑したように変わった後、チャーリーは、深い意味もなくノリでそのような言葉を使い、誤解を招いてしまったことを心から詫びた。
「私の方こそすまなかった……」
「いや、俺の方が悪いです。エエ歳したオトナやのに、ミーハーな言葉を」
二人は少しだけ照れたように笑い合う。
「コーヒーが冷めてしまうな。戴こう」
コクン……と頷いた後、チャーリーは側にあったクッションを抱きしめた。
「スイマセン、ジュリアス様、ちょっと笑わして」
肩を振るわせて、声をやや堪えているが、涙目のチャーリー。
“ツンデレがツンドラやて! ククク、ジュリアス様らしい誤解や〜”
チャーリーがクッションをバフバフと叩きながら何に対して笑っているのか判っているジュリアスは、素知らぬ顔をしてコーヒーを飲む。
「笑いすぎだろう。もう気がすんだか?」
「あ……はい、ヒヒヒ……ええ、もう気はすみました……ヒヒ」
ちっとも済んでいない風情でチャーリーは言葉を続ける。
「そやけどね。俺、ツンデレってものスゴイ好きなんですわ。追いかけたら逃げる、冷たいかと思えばふいに甘〜い、飴に鞭、ツボやなあ〜、うんうん」
“そうそう、ジュリアス様って、ナニの時かて最初は、上から目線で相手をしてやっても良い……みたいな感じやのに、いざ始まってみると、ものすごー優しかったりして! かと思えば、俺の息が上がってたりすると、悪代官みたいな低っくーい声で、『ふふふ』と嘲るよーに笑ろたり、そやのに、ラストスパートの時なんか、『そなたと共に……』とかあっまあ〜い声で囁かはったりして。そうそう、この前の時の『まだ、ならぬ』発言の時、その声だけで俺が思わずイッとしもうて、その後、涙目になってる俺の、目頭のココッ、唇でチュッって! 『すまない。私もすぐに終わらせてしまうから、もう少しだけ耐えてくれ』って囁いて……そやけど、すぐと言うておきながら、その後、かなりいぢめられてたよーーに思うけど……ぐふ……ぐふふふふ”
自分の淹れたコーヒーを美味しそうに飲みながら、独りごちでいるチャーリーを見たジュリアスは、“とりあえず、そっとしておこう……”と思いつつ、テレビを付けた。
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