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宇宙に名だたるウォン・グループ、その最高経営責任者チャーリー・ウォンの執務室……。主星星都を見渡せる大きな窓を背にドンッとおかれた彼のデスク。その左には、彼の第一秘書、ジュリアス・サマーこと、正式名はジュリアス・サマー・デ・グランマルニエフィナンシェのデスクがある。
チャーリー・ウォンは立ち上がり、部屋の中央にある応接セットへと移動した。応接用のものではあるが、ここに来客が座ることは滅多にない。来客の為の部屋は別に幾つもあり、一般の来客が最上階にあるこの部屋までやってくることはないし、重要な来客ならば、それ専用の応接室に通されるのが常である。いわば、形だけの応接セットに自身の机から離れてわざわざ移動し
て、ソファに座り込んだチャーリーは、ジュリアスに目配せし、「では……ジュリアス……様」と小声で言った。
「では……失礼します」
とジュリアスは改まって、先にソファに座っているチャーリー・ウォンに向かって頭を下げた。
「どうぞ」
と言って自分の前に座るように指示するチャーリー。
「えー、ジュリアス・サマーさん、貴方は大変勤勉に働いてくれています」
「ありがとうございます。まだまだ不慣れな所を皆様に助けて戴きました」
二人の間で、わざとらしいこの会話……。
ウォン・セントラルカンパニーでは、秋の人事異動の前に個人面談がある。異動の参考になるのはもちろんのことだが、各部署のトップが自分の部下と一対一で向き合うことにより、他者の前では言いにくい問題点などを忌憚なく話せる場を設けることを第一目的にしているものだ。仕事の内容や人間関係で何かしら思うところがあれば、それを吐き出し、スッキリした気持ちで夏期休暇を迎えて貰いたい……と先代から始まり、今に続いている。
ウォン・セントラルカンパニーの社長であるチャーリー自身は、ジュリアスを含めた自分のブレーン全員と各部のトップたちとを面談することになっていた。
「ジュリアス様と俺の間では、そういうのいらんでしょ」
と言ったチャーリーに、「皆と同様にきちんと面談して欲しい」とジュリアスは告げたのだった。で、本日はその面談日。朝から自分のブレーンたちとの面談をこなし、いよいよジュリアスの順番となったのである。別に自分たちのデスクに座ったままでも話はできるのだが、やはりこういうことは向かい合わせで、近い位置でないと話し辛いからと、ジュリアスはきちんとした形での面談を希望した。
「えー……、サマーさんの仕事に対する評価は、ブレーン室長や翻訳部部長からも高く評価されており、何ら問題はありませんが、貴方自身、何か……心中にあることは? どんなことでもかまいません、人間関係の悩み、待遇面での希望など遠慮無く、言って下さい。それが査定に響くことはありませんし、秘密は厳守します」
些か棒読みになりつつ、お決まりのセリフをチャーリーは言う。
「…………では……申し上げます」
“えっ、申し上げるんですかっ。なんや、てっきり何もありません……って言わはると思たのになあ。何やろ……待遇面では充分すぎるといつも言うてはるし……ハッ、まさか、俺の知らんところで何かあるんやろか……”
と思いつつも「では、聞きましょう……」と平静を装うチャーリーであった。
「実は、職場にあるまじき行動の被害を受けています」
その言葉の内容とは違ってサラリ……とジュリアスは言ってのけた。
「なななななな、なんやてえっ。どーゆーことですかっ。あるまじき行動って!!」
チャーリーは驚いて一旦、立ち上がりかけたものの、正気を取り戻し、着座した。
「く、詳しく聞かせてくださいっ」
「はい。実は職場で、いわゆるセクシャルハラスメントを受けています」
「コロス……どこの誰がジュリアス様にセクハラかましとんや〜〜。翻訳部のレイモンドか……秘書課のクリスティーヌあたりも怪しい!」
ハァハァ……と鼻息と荒く、ガラ悪くチャーリーは叫ぶ。もはや理性のカケラもない。
「数時間、会議や外出などで席を外しただけで、再会の抱擁を求め、隙あらば口づけさえも強要されて困っています。先日は、人気がないのを良いことにエレベータ内に於いて
私の体に触れました」
チャーリーの眉がヒクヒクと動く……。心当たりがあるようだ。
「そっそれは……、その人の愛情表現というか、ただのスキンシップというか、ちょっとした甘えたサン……というか……」
「それを、いわゆるセクハラというのではないでしょうか? ともかく、そういう事は、一切、やめていただきたい」
ピシッ、と音がしそうなほどジュリアスは言い放ち、「……と思っています」と付け加えた。
「わ、わかりました……今後、そのような事はしないよう、私から自分に、きつく申し伝えて置きます……コホッ、コホッ、ほ、他に何かありますか……」
些かブーたれつつチャーリーは言った。ジュリアスはニッコリと微笑み、頷いた後、言葉を続けた。
「他の部署のヘッドの皆さんから……」
言葉の途中でチャーリーが、ガバッと身を乗り出す。
「他の部署のヘッドからセクハラッ」
「いえ、違います。他部署から転部要請されています。翻訳部、広報部……それと情報部の辺境域対策課、そして……福利厚生部第一課」
「福利厚生部第一課……って食堂のおばちゃん、ジュリアス様をどこのポジションで働かせるつもりやねん……」
チャーリーはヒクヒクした後、タメイキをついた。
「その件については、俺ンとこにもチラチラ話が回ってきてますよ……。人事部長やザッハトルテからも、いつまで俺の秘書やらしとくつもりや……言われてます。勿体ないって……俺かて勿体ことやと思ってます……」
「チャーリー……」
「翻訳部長は自分のポジション開けてもエエからジュリアス様が欲しい言うてるし、情報部の辺境域対策課や広報部は、格式の高い異文化の惑星の取引先と渡り合える人材が欲しいと切実に思ってますし……ジュリアス様が行きたいと思ってはるポジションがあるんやったらエエですよ……人事異動……」
強張った顔でチャーリーが言う。ジュリアスは少し考えた風にした後、「それでは……よく考えてみます」と言った。
「判りました。それでは今回の面談はこれにて終了です。お疲れ様でした」
と消えそうな言葉でそう言うと、チャーリーは立ち上がった。で、いつもの自分のデスクへと戻る。ジュリアスも然り。
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