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 強い光を感じ、ジュリアスは目を覚ました。照明がまた一段と明るくなっている。時刻は正午になろうとしていた。纏まった睡眠が取れたことで体のだるさは些かましになっている。予定が狂っていなければ、既にサルベージ船が到着していても良い時間だった。慌てて仮眠室に出たジュリアスは、ロビーを抜け、診療室のある区画へと進んだ。
 
「恐れ入ります。POD-S-200015077801のカプセルはもうこちらに到着しているでしょうか?」
 受付に座っている若い男性職員にそうジュリアスは問うた。長いカプセル番号をスラスラと言ったジュリアスに男は驚き、慌てて覚えた末尾の番号だけを頼りに手元の番号と称号させる。
「ええっと、ウォンさんですね。……少し前に入りました。今は……病室に運ばれているはずです……そこのエレベーターから6階の614号室にどうぞ。看護師が控えていますから患者さんの状況をお聞きになってください。容体が良ければお逢いになれるかと思います」
「ありがとう」
 はやる心を落ち着かせながらジュリアスは病室へと向かった。6階は同じような事故被害者の為に解放されているフロアらしく各病室の扉は開け放たれたまま、医師や看護師、関係者が行き来していた。早い時期にカプセルが回収された者が、家族と再会を喜び合う声が既にしている。
 指示された病室に入ると中は思いの外、広く、カーテンで区切られた所に何台ものベッドが入れられている。病室全体が静かなのは、まだ回収されたばかりの患者が入っているからだった。まだ皆、はっきりと意識を取り戻していないのだ。数名の看護師が各々の容体をチェックしている。ジュリアスはそのうちの一人に声をかけた。
「ウォンさん? ああ……こちらですね」
 女性看護師は一番手前のカーテンをそっと開けた。僅かな隙間から寝かされているチャーリーがいるのが判る。だが表情まではまだ見えない。頭と手足に包帯がされていることだけは確認できた。
「意識はゆっくと戻りつつあります。先ほどこちらからの呼びかけに反応され、名前の確認はできました。体の機能が総じて低下していますので、五感の反応がきちんと戻るまで一日程度はかかります。記憶の混乱などもあるでしょうが焦らせないで下さい」
 手元の診察表を確認しながら看護師はそう言った。
「怪我をしているようですが?」
「ええ。頭と頬に切り傷。足は骨折されています。おそらくシャトルの事故当時、シートに座っていたのではなく、立ち上がっておられたのでしょうね。衝撃が起きてその時に怪我をされたようです。その後、シートになんとか戻られたんだと思います。手当もしないで数日過ぎたわけですけれど、大したことはありませんよ」
「側にいても良いでしょうか?」
「仕事関係の方なら……」
 看護師はスーツ姿のジュリアスを見て懸念する。
「いえ…………家族です」
「では、どうぞ。自然に目を覚まされるまでは声を掛けないで下さい」
 カーテンを少し引き、看護師はジュリアスを中に入れると、去って行った。残されたジュリアスは眠っているチャーリーを見下ろす。大したことはないと言われたが包帯が痛々しい。むき出しになった腕は何本もの細い管で何かの計器に繋がれている。血圧や心拍数がモニタリングされており、ゆっくりランプが点滅を繰り返している。ベッドの側に簡易な椅子があり、ジュリアスはそこに座わってチャーリーが目覚めるのを待った。10分、20分と時が過ぎ、一時間近く経った頃、チャーリーの瞼がピクリと動いた。
「う……」
 微かな呻き声の後、溜息のような息継ぎのような音が聞こえた。ジュリアスは思わずチャーリーの顔を覗き込む。ゆっくりとその目が開いた。焦点は合っていない。何度も瞬きを繰り返す。そして、唇が僅かに動いた。ジュリアスには聞き取れない。苦しいのかも知れない……と思ったジュリアスは耳を澄ませた。
 
「レアや……」

 掠れた小さな声でチャーリーは確かにそう呟いた。医師たちが言っていたように、何か混乱しているのだな……とジュリアスは思った。チャーリーの瞳がジュリアスを確かめるように少し動いた。よく見えないのかまた瞬きを繰り返す。やがて、やはり先ほどと同じような弱々しい声で、「ものごっつう……レアや」と呟いた。そう言った後、チャーリーの口端が微かに上がり、何とも言えない柔らかな表情になった。
 

■NEXT■


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