翌日の昼過ぎになってセクター5軌道ステーションは、一層騒がしくなった。回収した救命カプセルを積んだサルベージ船が到着し始めたのだ。ステーション最下層部の医療エリアはさながら野戦病院のような状態である。主星から被害者家族を乗せたシャトル便や新たな報道陣も到着し、立ち入り禁止区域を僅かでも出ようものなら容赦なく記者たちに捕まってしまう。ジュリアスは、控え室のある狭いエリアから出ることもできずに、チャーリーのカプセルが回収されたという報告を待っていた。窓際にじっと座り込んで、窓の外を見つめたままのジュリアスの背中には、回りを拒絶するオーラが出ていて、もう誰も気軽に声を掛けられる雰囲気では無かった。そして夜になって仮眠室に移動する者が出始めても、ジュリアスはまだそこにじっとしたままでいた。深夜になり照明が落とされた後も尚。
室内では人影がまばらになり、GNNのニュースとポッド回収の状況を知らせるモニターだけが動いている。計算上では、明日の朝を過ぎた頃にポッドの生命維持装置の有効時間が終わる……。担当者の冷たい言葉が、ジュリアスの脳裏に張り付いている。
午前三時……椅子に座ったままジュリアスはほんの束の間、意識を手放した。けれどもどこかでモニターの電子音は気にしている。夢と現の中、チャーリーが現れる。
『ジュリアス様……おおきに。ほんまに、おおきに。楽しかった。俺の人生……ジュリアス様との思い出だけでもう充分満足や。ジュリアス様、お元気で』
チャーリーはジュリアスの手を取り、涙をいっぱい溜めた目でそう言った後、深く頭を下げた。そして顔を上げた時、チャーリーは笑顔で「ほな……、さようなら〜っ」と言い、もの凄いスピードでジュリアスの執務室から去っていった。
ああ……これは、あの時の……協力者として聖地に上がったチャーリーが、その任務を終えて、暇乞いの挨拶に訪れた時の夢だ……とジュリアスは思う。あの時、既にチャーリーとジュリアスは深い仲になっていた。近い将来、別れなければならないと判っていたにもかかわらず互いに納得の上、そうなったのだ。
ジュリアスに最後の挨拶をした後、チャーリーは王立研究院からいつものように主星に戻った。プレート状の転移装置のシグナルが静かに消え、聖地と彼を繋いでいた回廊は閉じた。チャーリーはその上に伏せて大声で泣き続けている……。
聖地にいたジュリアスは、その光景を見ていたわけではない。後で、チャーリーから聞いたのだ。丸一日泣き続けたと。その様子が今、夢になって現れているのだった。
『あの時は、ホンマに涸れるほど泣いた。もう顔面がパンパンで目ェは開けへんし、鼻の下は荒れて真っ赤っかやし。リチャードがドアをぶち壊して引きずりだしてくれへんかったら、あのままどうにかなってたカモ知れん』
ジュリアスの夢の中で、チャーリーはそう言った後、タハハ……と頭を掻きながら笑って、さらに言葉を続ける。
『その後、これから俺は仕事一筋の人生を送ったる……となんとか気持ちを切り替えたのが一ヶ月後。そやけど、また気分はドヨヨンやったなあ。モノクロの世界や。そんな時、ジュリアス様から任が解かれたと連絡があって……。あの時の気持ち、言うたら、そらまあ、まあまあまあまあ! 世の中のすべてが一瞬にして総天然色に変わり、くす玉と花火が、俺の回りで一斉に弾けたんや。パーン、パーンって。
「おめでとう、チャーリー」と歌いながら天使が俺り回りをグルグルと舞い飛ぶわ、そら、妄想やて判ってますけど、ホンマにそういう気分やった……』
主星に降りた直後のジュリアスは、チャーリーからこの話を何度聞かされたか知れない。またか……と思いつつも、これほどに嬉しそうに語られてはそれを遮ることが出来ず、微笑みながら頷くしか無かった。
ジュリアスの夢の中で、笑い続けているチャーリーがふいに止まり、フェイドアウトしていく……。
「だめだ! 消えるな!」
ジュリアスは声を上げ、自身のその声でハッと目を覚ました。ジュリアスは慌てて、モニターに表示されている救命カプセルのナンバーを確認した。新たに30近くの番号が追加されている。回収率は70%を越えていた。こんな時間だということを差し引いても残っている者は十人ほどだ。待機していた者たちは、医療エリアのある別室へと移動していったのだろう。だが、何度確認してもチャーリーの名前は、まだそこに無かった。
|